十一ミス研推理録2 ~口無し~
「共犯は何て言ってる?」
 十一朗は綾花の母の名前を語らず訊いた。貫野も察したのか、「そうだな」と続けた。
「知りませんと言ったきり完全黙秘だ。家宅捜索って話も出ているが、証拠が出てくるのかは疑問だな」
 警察が求めている証拠は、返り血が付いた服や足跡(ゲソコン)を残したハイヒールだろう。それも廃却処分した可能性が高いと思われた。
「そっちも口無しか……それに謎が多すぎる」
 十一朗はノートを取り出した。自殺屋事件でも活躍した物だ。事件内容を整理するように、十一年前の事件の概要をまず書き取った。
「俺の推理を書くからよく見てくれよ。十一年前、輸送車襲撃事件が起きた。輸送員がひとり死亡、ひとり重体、犯人は逃走中。死亡した輸送員は八木の父親だ。これは確実な情報だ。そして重体は自殺未遂した謎の男。これは俺の予想。貫野さんが言っていた、二か所の致命傷に近い傷は、この時に刺されたものだろうな……で、逃走中の犯人は」
 十一朗は手をとめて貫野を見た。そして犯人の名前を書き取った『升田龍治』。
 漠然とした推理だ。そのため、後ろに疑問符をつける。貫野は目を見開いた。
「待て待て、いきなり何てこと書いてやがる。未解決事件だぞ。犯人特定するんじゃねぇ。俺が特命に殺されちまう」
 貫野ほどの暴力気質の男が言うのだから、冗談ではないのだろう。確かに十一年間も追いかけていた特命に「犯人を見つけました」などと言ったら、怒りの矛先を向けられるどころか突き刺されそうで怖い。
 十一朗はそれでもかまわずに、ノートに推理を書き綴っていく。
「そうでなきゃ、三人の接点が見つからないんだよ。だっておかしいと思わないか? 貫野さんは、升田は貸した七百万を謎の男から徴収しようとしたんだろうって言ったろ。だけど話では、刺された順番は意識不明の男が一番目、二番目が升田だって言った」
「それがどうした? 争ってそうなったんだろ」
「バタフライナイフは升田の所持品だろ。それを聞いて、変だと思わないか?」
 十一朗は更にノートに書き込んでいく。もはや、文目や裕貴たちは傍聴人でしかない。ただ、書き取っていくノートを覗きこむだけだ。
 落ち着くためか、運ばれてきたコーヒーを貫野が飲んだ。
 十一朗も運ばれてきた紅茶に砂糖を入れて混ぜる。回すスプーンとカップの当たる音が、周囲の客の声に混じって溶けこんでいく。みなは息を呑んで話の続きを待っていた。
「七百万もの大金をもらう相手を殺そうとするかなって思ったんだ。徴収するまでは絶対に殺そうとは思わないはずだろ。だとしたら、殺す理由があったとしか思えない」
 その理由が十一年前の輸送車襲撃事件ではないか。謎の男は升田が犯人だと知っていたのではないか。そこで話が拗れて言い争いとなり、お互いが予期せぬ結果が起きた。
 升田が和田繁樹と思われる男に襲いかかり、刃物を奪い合う格闘戦になった。刺された和田を助けようとして左利きの犯人。今では八木の母と推測されているが、彼女も争いに参加して升田を殴打。最終的に二人でとどめを刺したのではないか。
< 29 / 53 >

この作品をシェア

pagetop