十一ミス研推理録2 ~口無し~
 瞬間、十一朗の胸倉に向かって腕が突き出されてきた。乱暴につかまれて引き寄せられる。誰と言い代えることもできない貫野の腕だった。
「俺を幻滅させんなよ。それでも刑事を目指す男か!」
 一番に貫野が言い返してくるとは思わなかった。
 このまま事件が解決したら、肩の荷がおりるのは貫野と文目のはずだ。
「ここにきた時は、最高の催し物を見たと俺は思ったぞ! それが今度は逃げ腰か!」
 貫野は十一朗が中庭に向かって叫んだ姿を見たのだろう。催し物という言いかたがいかにも貫野らしい。
 そして、高校生相手に自分が何を言っているかということぐらい、わかっているはずだ。責任を背負わせることも、捜査に協力してもらうことに限度があるということも。
 いや――と十一朗は考え直した。もう貫野は自分を高校生とは見ていない。純粋に刑事を目指しはじめた仲間として認めてくれている。
 同時に刑事という立場を無視して、事件解決に協力してくれていると気づいた。
 貫野が十一朗の胸倉を離す瞬間を見計らったのか、裕貴が寄ってきた。目を向けると、驚くほど真剣な裕貴の表情が飛びこんできた。
「私ね。昨日、八木さんのことが心配で電話をかけたの。つらいようなら、もう何もしないでおこうって。十一朗にも警察に任せようって言うからって。そう電話したの。そうしたら、八木さん、なんて答えたと思う?」
 話しているうちに裕貴は涙目になってきていた。両手を強く握りしめていた。
「お父さんが、どうして事件に巻きこまれたのか知りたいって言ったの!」
 続けてワックスが発言したそうに挙手した。
「それなら、俺も八木にメール送ったよ。お母さんに本当のことを聞けばいいんじゃないかって。そうしたら、聞きにくいって返ってきた。今まで女手ひとつで育ててもらってきたんだもんな。だから親にも遠慮するのかもと思ってさ。それ以上は言えなかったんだ」
 十一朗は裕貴とワックスの言葉で、頭を思いきり殴られたような気がした。
 二人が語ったセリフ『つらいようなら、もう何もしないでおこう』『本当のことを聞けない』。
 自分を偽って我慢して、本当のことを親相手に言えなくて……父に将来のことを語れずに悩み続けていた自分と同じだと感じた。
 お酒を飲んだら弾丸トークになるという、裕貴の父が羨ましい気がした。
 その裕貴は感情を抑えきれなかったのか、両目を手で拭った。一直線に向けられてきた視線に、十一朗は思わず唾を飲んだ。
「親子で隠し事ってつらいことだと思う。親子だからこそ、共有しなきゃいけないこともあるでしょ。それは私たちミス研部も同じなんじゃないかな。みんな家族同然ともいえる仲間だって、プラマイも言ってくれたでしょ。だったら、最後まで八木さんに協力してあげようよ」
 最初から最後まで綾花に優しい手を添えてきた、裕貴には感じるものがあったのだろう。それぞれがそれぞれの役割を知らないうちに果たしていたのだ。
 十一朗は推理力、裕貴は皆を支える想いやり、ワックスはムードメーカー。
 つらいことを経験して共有してきた仲間だからこそ、できることもあるし協力もできる。
 心の中では繋がっている友。だから皆が口を閉ざして事件の進展を黙って見ていたのだ。
 十一朗は空を見た。ミス研の部室から見える空は四角だ。外に出ても高層住宅が隠してしまう都心の空は狭い。空気も淀み澄んでいるとはいえない。
 今では得意の推理力は空を見て冷静に判断していたからではなく、仲間が支えてくれて協力していてくれたからだと思う。
 同時に温かい視線や想いに囲まれてきたからだということも。
「そうだな……八木が知りたい過去を俺たちが見つけよう。事件がこれで終わったら、誰も救われない」
 不意に貫野が頭を鷲掴みにしてきた。意味深な笑みを浮かべながら、目を合わせてくる。
「十一年前の輸送車襲撃事件を詳しく調べる。升田の件も含めて、和田の素性やその関係者もだ……そこに口無したちが隠す真実があるはずだからな」
 自分が言おうとしたセリフを、先に貫野に言われて十一朗は息を吐いてしまった。
 すると貫野は話をそこで切って手を離す。何故そんな行動を取ったのだろうか。次の瞬間、なるほどそういうことかと合点がいった。
「別行動ってことか。そういえば刑事の聴きこみよりも、世間話で流暢に語りはじめるって話を聞いたことがあるな」
 それは前の事件でも感じたことだ。刑事に話しかけられて緊張していた者が、世間話で急に思い出して語り出すということはよくある。
「輸送車襲撃事件は、何度も聴きこみはしているはずだからな。お前には、そっちの関係者と世間話をしてきてほしいんだ。そういうことは、得意だろうしな。代わりに俺らは輸送車襲撃事件の関係者の素性調査をする。それで取引成立だ」
 言ってきた貫野に皮肉で何か言ってやろうかと、十一朗は一瞬思ったがやめた。
 ここまできたのはミス研の仲間がいたからだけではない。貫野が父と何を話し、どんな想いで託してくれているかということも、進路のことも含めて、何となくわかっていた。
「取引というより借りを返すよ。夕飯ご馳走になった借りをさ。あと、八木を気遣って捜査を続けてくれていることも感謝してる」
 自分らしくないなと感じながら言うと、貫野と文目が目を見開いていた。
 気になって裕貴とワックスを見ても同じ反応をしている。
 それを見て、十一朗は息を吐いてから続けた。
「そのかわり貫野さんが主任になったら、ちゃんとお返ししてくれよ」
 これ幸いと裕貴とワックスが「お寿司」「焼き肉」と連呼する。
 どんなに緊迫した状況でも、ミス研部と自分は変わらないのかもなと、十一朗は感じた。
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