十一ミス研推理録2 ~口無し~
「彼女に何も言わずに自首すると迷惑をかけるだけです。呼び出して全てを語りました。今までの関係はなかったこと。忘れるようにと……」
綾花の母がハンカチを取り出して涙を拭いた。
公園に呼び出された時、綾花の母は何を思ったのだろうか。電話をかけてきた和田相手に、今度こそ真剣な付き合いになるのではと、期待していたのではないか。娘の電話番号を書いたメモを渡すつもりでいたのではないか。
電話番号の紙を押しこんだのはこの時だろう。和田はそれを認知できなかった。
聞いて貫野が感心するかのような声が混じった息を吐いた。目の前にいる和田の考えに驚いた様子だった。
「忘れるように……犯人隠匿の容疑を、八木さんがかけられるのではと思ったわけですか」
十一年前の事件の真相を知る和田と関係がある八木和歌子。
もしこれを警察が聞いたらどう思うだろうか。
八木和歌子は夫を殺させて保険金を受け取り、同乗者の和田と関係をもった。警察はそんな疑いを持つだろう。
綾花の母が口無しであった理由がわかった。全てが和田の計算だった――。
和田は貫野の質問に「そうです」とだけ応えると、フッと目を細めた。刺された傷が痛むのか、それとも刺された記憶を引き出そうとしているのか、傷を押さえた。
「話している時に升田が姿を現しました。升田は全てを知っていたのでしょう。激高して、絶対に自首させないと叫びました。闇の中で光る物が見えました。刃物だ。そう思った時には刺されていました」
忘れかけた事件を繋げる凄惨な出来事に、和田も綾花の母も混乱したはずだ。
いや、それ以上に綾花の母は升田を見て怒りを覚えたに違いない。夫を殺した男が、今度は信頼していた男を刺した。やることは決まっていたのだろう。
綾花の母が大きく息を吸った。
「許せない。殺してやると思いました」
感情を露わに、唇を噛み、両手を握っていた。
文目が証拠のメモを取っている。筆の動きがとまらない。貫野はメモを覗きこむと、綾花の母を見た。
「凶器はやはり鉄パイプですか。確認ですが、殴った構えは?」
綾花の母が動きで示した。左利きの構えだ。左後頭部を殴打したというのに間違いない。虚偽発言ではないということが証明された。
「升田は殴られた頭を抱えながら、私を見ました。てめえ、殺されてえのか。そう言って向かってきました。その瞬間でした。彼が……自分が刺されたナイフで、升田を刺したんです。そして私に逃げろと言いました」
綾花の母はそう言うと、口を閉ざした。彼女が知る事件の情報はここで終わりだ。
全員が今度は和田を見た。事件現場にひとり残った和田は、何を考え行動したのか。
「升田が倒れるのを見た私は、まず鉄パイプの指紋を取ろうと思いました。懐からハンカチを取り出そうとした瞬間、生温かい物に触れました。その瞬間、終わったと感じました。不思議なものです。その後は彼女に繋がる証拠を全て消さなくてはいけないと必死でした。後は刑事さんがおっしゃった通りです」
万年筆で遺書を書き、電車に飛び込み自殺して古傷を隠そうとした。和田の計画はそこまでは完璧だったはずだ。しかし、彼は死ななかった。
激突した瞬間、昏倒して電車の間に挟まれた。結果、綾花の電話番号が書かれた紙が見つかり、十一年前の古傷まで判明した。
もし、綾花がミス研部の部員でなければどうだっただろうか。和田が死んでいたらどうだっただろうか。
貫野が小さく舌打ちをして十一朗を見た。「刑事さんがおっしゃった通り」と和田が言ったのは、十一朗が貫野に聴取させたことだ。内心複雑そうな顔をしていた。
和田は傷に触れていた手を見つめると、拳を握りしめた。
綾花の母がハンカチを取り出して涙を拭いた。
公園に呼び出された時、綾花の母は何を思ったのだろうか。電話をかけてきた和田相手に、今度こそ真剣な付き合いになるのではと、期待していたのではないか。娘の電話番号を書いたメモを渡すつもりでいたのではないか。
電話番号の紙を押しこんだのはこの時だろう。和田はそれを認知できなかった。
聞いて貫野が感心するかのような声が混じった息を吐いた。目の前にいる和田の考えに驚いた様子だった。
「忘れるように……犯人隠匿の容疑を、八木さんがかけられるのではと思ったわけですか」
十一年前の事件の真相を知る和田と関係がある八木和歌子。
もしこれを警察が聞いたらどう思うだろうか。
八木和歌子は夫を殺させて保険金を受け取り、同乗者の和田と関係をもった。警察はそんな疑いを持つだろう。
綾花の母が口無しであった理由がわかった。全てが和田の計算だった――。
和田は貫野の質問に「そうです」とだけ応えると、フッと目を細めた。刺された傷が痛むのか、それとも刺された記憶を引き出そうとしているのか、傷を押さえた。
「話している時に升田が姿を現しました。升田は全てを知っていたのでしょう。激高して、絶対に自首させないと叫びました。闇の中で光る物が見えました。刃物だ。そう思った時には刺されていました」
忘れかけた事件を繋げる凄惨な出来事に、和田も綾花の母も混乱したはずだ。
いや、それ以上に綾花の母は升田を見て怒りを覚えたに違いない。夫を殺した男が、今度は信頼していた男を刺した。やることは決まっていたのだろう。
綾花の母が大きく息を吸った。
「許せない。殺してやると思いました」
感情を露わに、唇を噛み、両手を握っていた。
文目が証拠のメモを取っている。筆の動きがとまらない。貫野はメモを覗きこむと、綾花の母を見た。
「凶器はやはり鉄パイプですか。確認ですが、殴った構えは?」
綾花の母が動きで示した。左利きの構えだ。左後頭部を殴打したというのに間違いない。虚偽発言ではないということが証明された。
「升田は殴られた頭を抱えながら、私を見ました。てめえ、殺されてえのか。そう言って向かってきました。その瞬間でした。彼が……自分が刺されたナイフで、升田を刺したんです。そして私に逃げろと言いました」
綾花の母はそう言うと、口を閉ざした。彼女が知る事件の情報はここで終わりだ。
全員が今度は和田を見た。事件現場にひとり残った和田は、何を考え行動したのか。
「升田が倒れるのを見た私は、まず鉄パイプの指紋を取ろうと思いました。懐からハンカチを取り出そうとした瞬間、生温かい物に触れました。その瞬間、終わったと感じました。不思議なものです。その後は彼女に繋がる証拠を全て消さなくてはいけないと必死でした。後は刑事さんがおっしゃった通りです」
万年筆で遺書を書き、電車に飛び込み自殺して古傷を隠そうとした。和田の計画はそこまでは完璧だったはずだ。しかし、彼は死ななかった。
激突した瞬間、昏倒して電車の間に挟まれた。結果、綾花の電話番号が書かれた紙が見つかり、十一年前の古傷まで判明した。
もし、綾花がミス研部の部員でなければどうだっただろうか。和田が死んでいたらどうだっただろうか。
貫野が小さく舌打ちをして十一朗を見た。「刑事さんがおっしゃった通り」と和田が言ったのは、十一朗が貫野に聴取させたことだ。内心複雑そうな顔をしていた。
和田は傷に触れていた手を見つめると、拳を握りしめた。