十一ミス研推理録2 ~口無し~
「私が死ねなかったのは、天国の八木さんが許さなかった。そういうことでしょう。怨まれて当然のことをしたんです。死んでも償えない重い罪です」
 和田の言葉を聞いて、綾花の母が口を開けかけた。
 同時に十一朗は、それを見て立ちあがった。
「何故、悪いほうにしか考えないんですか! あなたがやったことは確かに許されない罪だ。けれど、あなたは後悔するだけで目の前を見ていない。顔をあげてください。今、目の前にあるのはなんですか!」
 十一朗の叫びに和田が肩を震わせた。顔をあげた和田の手に八木親子が手を重ねた。
 和田は忘れていたはずだ。周りにいた者たちの温かさとともにいた時間を――。
 見つめ合った三人の視線は、言葉以上の見えない感情のやり取りをしていた。
 二人の肌に触れた和田は穏やかな表情をしてから、十一朗を見た。その目は切迫した犯罪者の目ではなかった。
「刑事部長の息子さんと言いましたよね。十一年前、私があなたのような刑事さんを前にしていたら、私の考えも変わっていたのかもしれません。お父さんの後を継がれるのでしょうか……日本の未来も、まだまだ捨てたものではないですね」
 次の世代へ――。それが、あしながおじさんとして、綾花を支えてきた男の心からの想いだった。 
 聞いた十一朗は、自分は後を継ぐのだと改めて実感した。その時、ワックスが身を前に乗り出した。
「綾花さんの夢は、刑事なんだそうです!」
 メール交換をしていたというワックスだ。きっと十一朗の知らないうちに、綾花といろいろと言葉を交わしていたのかもしれない。
 張り詰めていた空気が変わった。とまっていた時計の針が動き出していた。
 文目の筆がとまり、貫野はいつも通り深く席に腰掛けた。
「和田さん。あとは取調室で語っていただけますね」
 和田は首を力強く縦に振った。口無しが口無しではなくなった瞬間だった。
 メモを取っていた文目も息を吐くと、それを懐にしまう。格子窓を見ながら、大きな伸びをした。
「随分と暗くなりましたね。けれど安心しました。事件発生と入電があった時にはどうなることかと……男が刺されて唸っている。自殺未遂をした男がいる。二つの事件が同時というのは、はじめて聞いたことでしたし」
「文目さん、今、なんて言った?」
 十一朗は文目の話を聞いて違和感を覚えた。貫野に聞いていたことと話が違う。
 文目は不思議そうな顔をしながら、再び口を開いた。
「いや、二つの事件が同時というのは、はじめて聞いたことでしたしと……」
「その前だよ。男が刺されて唸っているって、そんなことはじめて聞いたぞ!」
 十一朗の叫びに貫野が立ちあがった。貫野も気づいたのだ。この事件にはまだ先がある。
「くそっ、偶然にしてはおかしいと思ったよ。和田さん、あなたが電話をかけたのは、八木和歌子さんだけではないですね」
 貫野の質問に和田が困惑する。しかし、それは一瞬で目を大きく見開いた。
 動いていたと思っていた時計の針は、まだとまっていたのだ。
 貫野が文目の肩を叩いて促した。すぐに文目は八木親子に病室を出るように声をかける。
 十一朗も裕貴とワックスを見た。数時間前を思い出し、心臓が苦しいほど鳴り響いているのを感じた。
「この事件の犯人は和田さんでも八木さんでもない。あいつだ」
 十一朗は感情を必死に抑えながら、ミス研部員全員に視線を巡らせてから告げていた。
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