十一ミス研推理録2 ~口無し~
その女子生徒を見たワックスが、今にも転ぶのではないかという勢いで駆け寄った。
「君、一年生? クラス何組? 名前は? ああ、俺の名前は氷川零。通称ワックス。入部手続きなら奥にいる部長にだけど、一応訊いとく。彼氏いる?」
マシンガンのように繰り出されるワックスの質問に、実直にも答えようとしていた女子生徒だが、もはやついてこられない状況に陥っている。
ようやく質問が中断しても、女子生徒はどれを先に答えればいいのか迷っていた。
目をキラキラ輝かせたワックスは、尚も答えを詰め寄るような体勢で彼女に迫っていく。
「よせよ。引いてるだろ」
その様子に我慢しきれなくなった十一朗は、読んでいた推理小説の表紙でワックスの頭に突っこんだ。反応は予想通りというか、頭を抱えながらぼやいている。
ようやく女子生徒は話を切り出す間を感じ取ったのか、一枚の紙を取り出すと、十一朗に差し出してきた。
紙には学年とクラス、氏名が書いてある。一番上の欄には『私はミステリー研究部に入部します』という宣言が書きこまれていた。どう見ても、正式な入部手続きに間違いない。
「一のA……八木(やぎ)綾花(あやか)さんか」
十一朗が確認したと同時に、綾花は「あのっ!」と声をあげた。
「刑事ドラマが好きで、よく見るんですけど……その程度の知識では入部できないでしょうか?」
先程の言い争いを見ていたのだろう。自分も問題に答えなければいけないと考えているのかもしれない。
部室の奥で裕貴が「いいんじゃない。女の子、大歓迎だよ」と叫んだ。
とはいえ、彼女の知識がどれほどのものなのか、十一朗は興味を持った。
「じゃあ、入部できるできないは別にして、問題に答えて……警察官の階級を下から順に言ってみて」
不意に綾花が真剣な表情になった。
これは勘で答えられるような問題ではない。知識がなければ無理な問題だ。刑事ドラマが好き――彼女の話が嘘か本当か、十一朗は試したつもりだった。
「巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監、警察庁長官……です」
指折り数えるように綾花は答えていく。ひとつにつき答える間はあったが、間違いはなかった。それ以上に彼女の知識の高さに感心した。十一朗は更に綾花を試した。
「巡査長を入れなかったみたいだけど、理由は?」
「えっと……階級じゃなく職位だからです。確か階級としては巡査だと思ったので」
迷わずに答えた綾花を祝福するかのように、裕貴とワックスが拍手した。
一年生っぽい幼い笑みを浮かべた綾花が、顔を紅潮させながら「ありがとうございます」と頭を何度もさげる。
「完璧じゃん、文句なし。あいつらと比べたら雲泥の差だって。知識も外見も」
ワックスの褒め言葉に、もう一度、綾花は「ありがとうございます」と頭をさげた。
これだけの知識を見せつけられ、他の部員に歓迎されているのなら、もう認めないわけにはいかない。
「うん、合格。入部の手続きをとるよ。活動時間は放課後から……終了時間はまちまちだけど、はじまって二時間くらいかな。まあ、暗くなるまでは帰れるよ」
「はい、よろしくお願いします」
こちらが気持ち良くなるくらいの礼儀正しさを見せて、綾花は教室に戻っていった。
曲がる途中の角で、もう一回振り返るとお辞儀をする。
その様子をワックスが、鼻の下を伸ばしながら眺めていた。
「かわいいなー。一年生にもあんな子いるのな……亭主を支えて、家事に努める大和撫子って感じ?」
「亭主って! 話、飛躍しすぎだろ。一年生だぞ」
ワックスの妄想癖に呆れながらも、十一朗は声を裏返して叫んでしまった。どうやら、恋人第一号に認定してしまったらしい。
「放課後が楽しみだな……あのさ、プラマイ。刑事部長の息子としての推理はどうよ? あの子、彼氏いそう? 俺と彼女は脈あり?」
もはや、今のワックスに突っこみは意味をなさない。
十一朗は全員出たのを見て、部室の鍵を閉めると、「自分の未来は自分でプロット書きしろよ」とだけ答えた。
「君、一年生? クラス何組? 名前は? ああ、俺の名前は氷川零。通称ワックス。入部手続きなら奥にいる部長にだけど、一応訊いとく。彼氏いる?」
マシンガンのように繰り出されるワックスの質問に、実直にも答えようとしていた女子生徒だが、もはやついてこられない状況に陥っている。
ようやく質問が中断しても、女子生徒はどれを先に答えればいいのか迷っていた。
目をキラキラ輝かせたワックスは、尚も答えを詰め寄るような体勢で彼女に迫っていく。
「よせよ。引いてるだろ」
その様子に我慢しきれなくなった十一朗は、読んでいた推理小説の表紙でワックスの頭に突っこんだ。反応は予想通りというか、頭を抱えながらぼやいている。
ようやく女子生徒は話を切り出す間を感じ取ったのか、一枚の紙を取り出すと、十一朗に差し出してきた。
紙には学年とクラス、氏名が書いてある。一番上の欄には『私はミステリー研究部に入部します』という宣言が書きこまれていた。どう見ても、正式な入部手続きに間違いない。
「一のA……八木(やぎ)綾花(あやか)さんか」
十一朗が確認したと同時に、綾花は「あのっ!」と声をあげた。
「刑事ドラマが好きで、よく見るんですけど……その程度の知識では入部できないでしょうか?」
先程の言い争いを見ていたのだろう。自分も問題に答えなければいけないと考えているのかもしれない。
部室の奥で裕貴が「いいんじゃない。女の子、大歓迎だよ」と叫んだ。
とはいえ、彼女の知識がどれほどのものなのか、十一朗は興味を持った。
「じゃあ、入部できるできないは別にして、問題に答えて……警察官の階級を下から順に言ってみて」
不意に綾花が真剣な表情になった。
これは勘で答えられるような問題ではない。知識がなければ無理な問題だ。刑事ドラマが好き――彼女の話が嘘か本当か、十一朗は試したつもりだった。
「巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監、警察庁長官……です」
指折り数えるように綾花は答えていく。ひとつにつき答える間はあったが、間違いはなかった。それ以上に彼女の知識の高さに感心した。十一朗は更に綾花を試した。
「巡査長を入れなかったみたいだけど、理由は?」
「えっと……階級じゃなく職位だからです。確か階級としては巡査だと思ったので」
迷わずに答えた綾花を祝福するかのように、裕貴とワックスが拍手した。
一年生っぽい幼い笑みを浮かべた綾花が、顔を紅潮させながら「ありがとうございます」と頭を何度もさげる。
「完璧じゃん、文句なし。あいつらと比べたら雲泥の差だって。知識も外見も」
ワックスの褒め言葉に、もう一度、綾花は「ありがとうございます」と頭をさげた。
これだけの知識を見せつけられ、他の部員に歓迎されているのなら、もう認めないわけにはいかない。
「うん、合格。入部の手続きをとるよ。活動時間は放課後から……終了時間はまちまちだけど、はじまって二時間くらいかな。まあ、暗くなるまでは帰れるよ」
「はい、よろしくお願いします」
こちらが気持ち良くなるくらいの礼儀正しさを見せて、綾花は教室に戻っていった。
曲がる途中の角で、もう一回振り返るとお辞儀をする。
その様子をワックスが、鼻の下を伸ばしながら眺めていた。
「かわいいなー。一年生にもあんな子いるのな……亭主を支えて、家事に努める大和撫子って感じ?」
「亭主って! 話、飛躍しすぎだろ。一年生だぞ」
ワックスの妄想癖に呆れながらも、十一朗は声を裏返して叫んでしまった。どうやら、恋人第一号に認定してしまったらしい。
「放課後が楽しみだな……あのさ、プラマイ。刑事部長の息子としての推理はどうよ? あの子、彼氏いそう? 俺と彼女は脈あり?」
もはや、今のワックスに突っこみは意味をなさない。
十一朗は全員出たのを見て、部室の鍵を閉めると、「自分の未来は自分でプロット書きしろよ」とだけ答えた。