十一ミス研推理録2 ~口無し~
 十一朗の質問に、貫野が「答えねえわけにはいかないよな」と言って、文目を見る。
 文目も「そうですね」と手帳を手にしたまま同意した。
「目が覚めて、逃げられでもしたら困るからな……俺たちは張りこみってわけだ。同時に事情聴取して、自供させなきゃならねえ」
「自供って?」
 思わず十一朗は声を裏返して叫んだ。隣にいるワックスも状況を呑みこめずに瞬きを、これでもかというくらい繰り返している。
 十一朗は息を呑んだ。貫野の一連の説明で、徐々に意味が理解できはじめたからだ。
「何か、やったのか? あの人」
 もはやそこに、安穏とした空気は一片もない。張り詰めた空気だけが存在する。
「ほんとにお前は憎たらしいガキのくせに、呑みこみがはやくて楽だな……殺しだよ。奴の左ポケットから遺書が見つかった。『私が殺しました。申し訳ありません。責任を取って死にます』ってな。相手の左後頭部を鉄パイプで殴った後、鋭利な刃物で腹に一回、最後に倒れこんだところでグサリだ……致命傷は最後の一突きで、傷は心臓の大動脈にまで達していた。まっ、殺意は十分だし、それで観念して自殺決めこんだんだろ」
 都合よく貫野は遺書を持っていたのか、証拠品袋に入った証拠を見せびらかすように十一朗に見せる。
 確かに紙には貫野が言った通り、『私が殺しました。申し訳ありません。責任を取って死にます』と書いてあった。遺書は書類のような紙ではなく、何かを切り取ったような粗末なものだ。しかも、奇麗に折り畳まれたというよりも、潰したような皺が残っていた。
 取り扱いは乱雑だったのではないだろうか――。
 そして、右上の文字の一部分は擦れて欠落していた。
 身を乗り出すように見定めた十一朗を見て、貫野が慌てて遺書を懐に隠す。
「くっそ、この野郎。また変な癖見せやがったな……もう何も教えてやんねー」
 いい年した大人が絶対言わないような、子供めいた口調で言う。そして、十一朗は遺書を入れた貫野の懐を見つめた。
「それって、本当に遺書?」
 十一朗に問いかけに、貫野はあからさまに面倒臭そうな息を吐くと睨みつけてきた。
「お前な。電車に飛びこむ瞬間を見た目撃者が、奴が何かをポケットに入れたと言っている。だから誰かが工作したとか、罪をかぶらせたとかはねーよ。正真正銘の遺書だ」
「ふーん……」
 はっきりしない十一朗に貫野は痺れを切らしたのか、落ち着きなく体を揺すった。
 そして、禁じ手と自分で踏んでいたはずであろう疑問を、十一朗にぶつけてくる。
「何か、引っかかってんのか? 聞いてやるから言ってみろ」
 貫野の言葉を聞いて、後ろにいた文目が吹き出した。貫野は振り返らずに、後ろ蹴りを文目に食らわせる。
「いや、どう考えても変でしょ……あと気になることがあるから確認しにいく」
 十一朗は、貫野と文目がじゃれているのを無視して、病室の中に入った。
 貫野と文目、ワックスも慌てて後についてくる。何が『変』なのか知りたいようだ。
 しばらく間を開けたのが幸いしたのか、綾花は落ち着いていた。顔色は正常になっているが、瞼は腫れていた。
 十一朗は意識のない男の左側に立つとしゃがみこんだ。そして男の左手を取る。綾花と裕貴は十一朗が何をしはじめたのかというように、不思議そうに見つめていた。
「やっぱりそうだ……貫野刑事、これが証拠。左手の小指に黒いインクがついてる」
「証拠だあ? 何の?」
 貫野は十一朗と同じように、男の小指についている黒いインクを確認する。
 が、意味は理解していないようで、頭を乱暴に掻きながら立ちあがった。
 そんな貫野たちを促すように、十一朗は病室の外を指差す。
「じゃあ、説明するよ。取り敢えず病室から出て。それと文目刑事、さっきのメモの紙と、ペンを貸して」
 病室から出た十一朗は文目に手を出しながら頼んだ。刑事部長の息子という権限があるからか、貫野が睨みつけたからか、文目は手帳の紙を破るとペンと一緒に十一朗に渡す。
 文目が手渡してきた物を受け取った十一朗は、憮然とした表情でいる貫野に差し出した。
「今から実践するよ。犯人は相手の左後頭部を鉄パイプで殴打……貫野刑事、犯人役を普通にやってみてよ。被害者の代理は文目さんに任せるからさ」
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