優歌-gental song-
昔は歌が好きだった。
歌えば、褒めてくれた。
『上手だったよ』って、笑顔で。
先生も、親も、みんな褒めてくれた。
コンクールにだって、出場した。
会場の緊張感も、眩しいくらいのライトの熱も、張りつめた空気も、全て、好きだった。
いくつか賞をもらったこともある。
けれど、いつからだっただろう。
自分よりもずっと歌が上手な子がいて。
それは自分よりも年下で。
今までぼくに向けられていた注目は、全てその子のもので。
あぁ、ぼくって何もないな、と身をもって感じるようになって。
それから歌を避けるようになった。
とくに人前で歌うことはなくなった。
「…あの頃のぼくには歌しかなかった。
上手に歌を歌えていたから、ぼくに価値があったんだ。
けれどそれ以上に歌の上手い子がいれば、ぼくの価値はなくなる。
価値がなくなれば、ぼくは、ぼくがいる意味がなくなってしまうんだ」
あはは、と自嘲するように笑った。
「ごめんね。暗い話をしてしまって。こんなつまらない話なんて、もう、忘れて…」
忘れてくれていいから、と言おうとしたが、ハッと息が止まった。
「優歌、さん?」
優歌さんは、泣いていた。