優歌-gental song-
「あんなに上手なのに?」


「…上手なんかじゃないよ。絶対、違う」


優歌さんが心配そうな顔をしてくれている。


ぼくはそれをできるだけ見ないようにして言った。


こんなぼくを、見ないでほしい。


心底そう思った。



「それに、歌は嫌いなんだ」



歌なんて、嫌いだ。


もっと言えば、歌が嫌いなんじゃない。


嫌いなのは、自分自身だ。


歌っているときのぼく。


歌い終わってからのぼく。


それはぼくの中でいちばん醜くて、暗くて、ぼくがいちばん嫌っているぼくだ。


どす黒い何かで心が覆われるような心地がして、真っ白い光のような優歌さんには見られたくなかった。


そんなぼくに触れてほしくない。


その光を、優しさを、汚してほしくない。



そして、そんな汚れたぼくを見て、優歌さんに嫌われたくなかった。


だからもう、記憶から抹消してほしい。今すぐに。



そんなぼくの心境なんて1ミリも知らない優歌は穏やかに言った。


「私、千尋くんの歌、好きだよ」


やはり彼女は光だ。


どす黒い自己嫌悪に陥っているぼくに簡単に光をくれる。



「私は歌に詳しくないから、千尋くんがどれほど上手なのか分からないけれど。

わたしは上手だと思ったし、千尋くんの歌をもっと聞いていたいと思ったよ。

やっぱり、こういうのって人格が出るのかな。

千尋くんの歌は、やっぱり千尋くんらしかったよ」


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