2つの恋の門出
別れと門出
大喧嘩と恨みのブログ
私が彼氏と大喧嘩をしたのは、ちょうど真夏の暑い盛りだった。彼氏が、別の女性を好きになった、と言い出したのだ。当然、口は出るし、しまいには取っ組み合いになるかと思われた。私たちが付き合いだした記念日に、そんなことを言う彼が、憎らしくてたまらなかった。私は、手間暇かけてオーブンで焼いたローストチキンを、ごみ箱に力を込めて投げ捨てた。
彼とは、それっきり。私たちは、毎週のようにデートを重ねていて、当然結婚するものと思っていたが、彼は違ったのだ。だから、私の両親と会うこともためらい、先延ばしにしてきたのだ。私は、家庭が欲しくて、かわいい赤ちゃんも早く生みたかった。周りがどんどん結婚する中、花嫁より地味な格好で式に参列し、悔しい思いでこわばった笑顔を浮かべねばならない6月が過ぎて、ほっとしたところだったのに。そして、今度は私が、鼻高々と友人たちを式に招くことができたはずだったのに。そんな夢は、もろくも崩れた。
私は、彼と別れた翌日、ブログを作った。名前は「哀花」。花屋でフローリストとして勤める私が、哀しみの花束、言の葉をつづるという意味を込めた。コメントなど、期待していない。私は、ただひたすら、彼への恨みつらみを書き述べた。怒り、悲しみ、辛さ、将来への悲観、断ち切られた夢、そんな「心の澱」を、迷いなく書きなぐった。そんな怨嗟のブログには、誰も訪問者は来ない。たまにカウンターが回っても、迷い込んできた通りすがりさん。私は、それでよかった。ただ、吐き捨てないと、自分が壊れそうだった。
「あなたは、彼を愛していたんですか?」
1週間後、こんなコメントが届いた。ハンドルネームは「星乃夜」。誰だろう。とにかく、私はその苛立つコメントに、こう返した。
「当たり前じゃないですか。結婚を考えていたんですよ?」
翌日の「星乃夜」からのコメント。
「『結婚』に、恋されているように見えます」
私の、パソコンを見る画面が、ふわふわとかすんで見えた。名も知らぬ訪問者に、本心を見抜かれたように感じた。
そんなことはない。私は、一生懸命反論しようとした。だが、いくら彼の好きなところを書こう、どんな思い出があったのか書こう、としても、言葉を連ねることはできなかった。
私は、負けた。そして、素直に書いた。
「結婚したかったのかもしれません。彼は、中堅会社の社員で、将来もあって。夫としては、最適でした。やさしかったですしね。私は、フローリストですが、友人はみんな専業主婦で、趣味を謳歌していて、あくせく働いて、一人で老後を過ごすのが怖かったのかもしれません」
翌日の、「星乃夜」からのコメントには、こうあった。
「『結婚』のための相手を探さなくなった時、きっと運命の人に出会えますよ」
私は、震える手でキーボードに触れた。
「ありがとうございます」
それから、私と「星乃夜」は、ブログを通じて交流した。ブログは、いつの間にか恨みのブログから、穏やかな日々をつづった優しいものになっていった。そして、徐々に訪問者も増えて、私はオフ会に参加することにした。そこで出会った、商社マンの32歳の年上男性と意気投合し、お付き合いを始めた。元の彼氏のことは、思い出さなくなった。そして、この男性とのデートや、楽しいことの報告が増えていく日々が続くと、「星乃夜」は、だんだんとコメントを寄せてくれなくなった。
そして、結婚が決まった。両家への挨拶もすませ、式の準備も着々と進み、フローリストらしくこだわったブーケの写真を載せたりして、私は充実していた。そして、「明日結婚します」という記事を載せた時、本当に久しぶりに、「星乃夜」から、コメントが届いた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます、『星乃夜』さん。でも、私はあなたにお礼を言いたいのです。あなたが、失意の私を立ち直らせてくれました。本当は、あなたもご招待したかったです」
「式の日時をお教えくだされば、少しだけ顔をお見せできるかと存じます」
私は、「星乃夜」に、ブログ機能のメッセージで会場と日時を教えた。「星乃夜」は、どんな人なのだろう。私は、楽しみに、独身最後の夜の眠りについた。
彼とは、それっきり。私たちは、毎週のようにデートを重ねていて、当然結婚するものと思っていたが、彼は違ったのだ。だから、私の両親と会うこともためらい、先延ばしにしてきたのだ。私は、家庭が欲しくて、かわいい赤ちゃんも早く生みたかった。周りがどんどん結婚する中、花嫁より地味な格好で式に参列し、悔しい思いでこわばった笑顔を浮かべねばならない6月が過ぎて、ほっとしたところだったのに。そして、今度は私が、鼻高々と友人たちを式に招くことができたはずだったのに。そんな夢は、もろくも崩れた。
私は、彼と別れた翌日、ブログを作った。名前は「哀花」。花屋でフローリストとして勤める私が、哀しみの花束、言の葉をつづるという意味を込めた。コメントなど、期待していない。私は、ただひたすら、彼への恨みつらみを書き述べた。怒り、悲しみ、辛さ、将来への悲観、断ち切られた夢、そんな「心の澱」を、迷いなく書きなぐった。そんな怨嗟のブログには、誰も訪問者は来ない。たまにカウンターが回っても、迷い込んできた通りすがりさん。私は、それでよかった。ただ、吐き捨てないと、自分が壊れそうだった。
「あなたは、彼を愛していたんですか?」
1週間後、こんなコメントが届いた。ハンドルネームは「星乃夜」。誰だろう。とにかく、私はその苛立つコメントに、こう返した。
「当たり前じゃないですか。結婚を考えていたんですよ?」
翌日の「星乃夜」からのコメント。
「『結婚』に、恋されているように見えます」
私の、パソコンを見る画面が、ふわふわとかすんで見えた。名も知らぬ訪問者に、本心を見抜かれたように感じた。
そんなことはない。私は、一生懸命反論しようとした。だが、いくら彼の好きなところを書こう、どんな思い出があったのか書こう、としても、言葉を連ねることはできなかった。
私は、負けた。そして、素直に書いた。
「結婚したかったのかもしれません。彼は、中堅会社の社員で、将来もあって。夫としては、最適でした。やさしかったですしね。私は、フローリストですが、友人はみんな専業主婦で、趣味を謳歌していて、あくせく働いて、一人で老後を過ごすのが怖かったのかもしれません」
翌日の、「星乃夜」からのコメントには、こうあった。
「『結婚』のための相手を探さなくなった時、きっと運命の人に出会えますよ」
私は、震える手でキーボードに触れた。
「ありがとうございます」
それから、私と「星乃夜」は、ブログを通じて交流した。ブログは、いつの間にか恨みのブログから、穏やかな日々をつづった優しいものになっていった。そして、徐々に訪問者も増えて、私はオフ会に参加することにした。そこで出会った、商社マンの32歳の年上男性と意気投合し、お付き合いを始めた。元の彼氏のことは、思い出さなくなった。そして、この男性とのデートや、楽しいことの報告が増えていく日々が続くと、「星乃夜」は、だんだんとコメントを寄せてくれなくなった。
そして、結婚が決まった。両家への挨拶もすませ、式の準備も着々と進み、フローリストらしくこだわったブーケの写真を載せたりして、私は充実していた。そして、「明日結婚します」という記事を載せた時、本当に久しぶりに、「星乃夜」から、コメントが届いた。
「おめでとうございます」
「ありがとうございます、『星乃夜』さん。でも、私はあなたにお礼を言いたいのです。あなたが、失意の私を立ち直らせてくれました。本当は、あなたもご招待したかったです」
「式の日時をお教えくだされば、少しだけ顔をお見せできるかと存じます」
私は、「星乃夜」に、ブログ機能のメッセージで会場と日時を教えた。「星乃夜」は、どんな人なのだろう。私は、楽しみに、独身最後の夜の眠りについた。