藍くん私に触れないで‼
外は夜になりかけていた。
向こうの空は藍色に濃く染まっており、だんだんオレンジがかってこちらへ広がっている。
私は病院を見上げて、それから家に向かった。
ただいまも言わずに、ドアを開け中へ入った。
台所にいるお母さんは私に気づいていなかった。
「桐、また帰ってきたのかい?」
「お父さん」
お父さんが背後から近づいてきた。
私は、少し頭が真っ白になったけど、すぐ切り替えてお父さんを見上げた。
「お父さん、お母さん、話があるの。とても、大事な話。私のこれからの話」
「桐!?また急に帰って来て、連絡よこしなさい。ご飯ないわよ」
「いらないよ。ご飯食べてからでもいいよ。話、聞いて」
お母さんとお父さんは顔を合わせた。
それからお父さんがうんと通常よりも深く、頷いた。
「大切な話だろう、今聞くよ。お母さんも一緒に」
「うん、ありがとう」
そうして、久しぶりに家族で食卓を囲んだ。
お父さんとお母さんは隣合って座り、私は、正面に座る。
「桐のこれからの話って?」
さっそく、お父さんが問いかけてきた。
私は一拍おいてから、意を決して声を出した。
「私、医者になります。お父さんの跡を継ぐ。将来は院長になる」
お父さんもお母さんも一瞬固まった。そしてお母さんはすぐに切り返した。
「どうして?桐は潔癖性だから、医者は無理って話してたじゃない。」
「もう、ほとんど克服した。私は将来、お父さんの跡を継ぐ。そして、この病院をもっと、もっと大きな病院にしてみせる。
だから、お願い。藍くんを助けるお金を貸してください」
頭を下げて、机の上に額を擦り付けた。
必死のお願いに、声が震えた。
お母さんもお父さんも突然のことで、きっと困惑してる。
けれど、返ってきた答えは至って真面目なものだった。
「桐が跡を継いでくれるのは、父さんすごく嬉しいよ。病院を大きくできるものならしてほしいよ。
けど、まず、藍くんを助けるっていうのはどういうこと?」
「お金がいるの。彼は病気で、心臓移植しなきゃいけない、しなければもう長くないの。
日本で移植は難しい、だから、海外に行かなきゃ行けない。
それには莫大な金がいるの。億単位で、いる。」
「桐、無理よ。そんなお金他人のために出せない」
お母さんが一言、そう切り捨てた。
その一言が私の上に重く重くのし掛かってくる。
ダメだ、こんなんじゃ、ダメだ。
彼を助けることなんて到底出来ない。