藍くん私に触れないで‼
小学生の頃のことだ。
学校の帰り道、まったく見ず知らずの女の子が、俺に近づいてきた。
そして、衝撃的な一言を言った。
『大切にするので私のものになってください』
きらきらと輝く目が、俺を見つめていた。
冗談に見えなかったのが、少し怖くて、俺は何度も首をふって家に走った。
たぶんあれは、変質者というやつだったのかと、帰ったあとに思った。
それを、母さんに話すと、すごく笑ってた。
母さんは『藍くんに一目惚れした女の子よ、きっと』と俺に教えてくれた。
それから、次の日も、その次の日も、同じ場所で彼女と出くわした。
でも、怖くなかった。
母さんの家事を手伝ったりしていたので、遊ぶ暇がほとんどなかった俺は、学校が終わればまっすぐ家に帰っていたし、だから、友達といえるような人が居なかった。
彼女は、初めて出来た友達だと思う。
学校の帰り道。
たまに勝手に家に来た。そのときは怒った。
母さんは別にいいと言っていたのに、なぜ怒ったのか今ならわかる。
小さくて、汚い家が恥ずかしかった。
彼女の家は、大きくて、真っ白で、綺麗だった。
俺は、彼女のことを桐ちゃんと呼んでいた。
母さんに言われて、たまに、近くの公園で遊んだ。
でも、どうしても母さんのことが気がかりですぐに家に帰ってしまった。
桐ちゃんは俺が何を言っても、怒らなかった。
ただ、毎回、『いつ私のものになってくれる?』と聞かれるので、返答に困った俺はいつもうやむやに、そのうち、と答えていた。
でも、そのうち、と言っていたのは、本当にそのうちそうなるんだろうと思ったから、そう言っていた。
自分を必要としてくれる彼女のもとで、俺も、いつか彼女を幸せにしてやろうと、本気で思っていた。
母さんの病が悪化した。
今の病院では、看れなくなったので、別の病院の近くに引っ越すことにした。
初めての友人と、別れることになった。
だから、約束をした。
いつか、自分が彼女のものになること、
そして、いつか、彼女も自分のものになること。
なんの疑いもなく、そのとき、約束を交わした。
母親からもらったロザリオを彼女に託して、自分を忘れないよう、彼女がいつでも自分のことを考えていてくれるように。