キスより甘くささやいて
颯太だ。
黒いコックコートに黒いエプロン。
相変わらず、眉間に皺を寄せている。
パティシエのコンクールで優勝したと書かれている。

私は涙で文字が見えなくなった。
「本当に?」とシルビアママに聞く。
「本当よ」
と優しく答えて、私を固く抱きしめた。
私もシルビアママを抱きしめて、泣きじゃくった。

「…良かった。颯太。本当に。」
と私は切れ切れにつぶやき、涙が止まらない。
「ミサキチ、あんまり泣くとブスになるわよ。」
とシルビアママは私の頭を何度も撫でた。

颯太は先輩も優勝した、有名なコンクールで優勝出来たようだった。
『スイーツ界の期待の新星。』
と大げさな褒め言葉だったけど、
日本人が優勝するのは初めてのコンクールだったみたいだ。
課題のケーキ、飴細工、チョコレート、とオリジナルのケーキの総合点で競われる、大会だった。

オリジナルのケーキは桜の花びらをイメージした
外側が薄いピンクのムース仕立てになっていて、
中は颯太の得意な食感が楽しい、繊細なものみたいだった。

「食べてみたい」
と雑誌を読みながら、シルビアママに顔を向けると、ママは笑って、
「それじゃあ、共食いね」とおかしな返事。
私が変な顔をすると、雑誌のページをつついて、
「このケーキ、《美咲》っていうのよ」と言って、私の頭をまた撫でた。

私は返事が出来ずにまた、涙が溢れ出す。
シルビアママはさらに、
「美しく咲く桜って意味もあるらしいけど、
大切な人の名前で、フランスに来る前に一緒に桜を見たんだってさ。
そう書いてある。」と私に笑いかけた。
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