キスより甘くささやいて
颯太の後ろから、
「いらっしゃいませ」
と声をかけてきたのは、髪に白いものが混ざっている、50台位の男性。
白い仕立てのよさそうなシャツにネクタイ姿で、
ダンディと呼ぶに相応しい感じ。
少し下がった目尻に柔らかい瞳。優しそうな笑顔だ。

「君が、店を手伝ってくれる人?」とニッコリする。
「はい?」
違いますよ。
と、私は首をかしげる。颯太が
「そうだよ。
おまえ、無職で暇だろ。しばらく手伝え。」と私を見る。
「な、何を言ってるの?
ケーキ食べさせてくれるって言ったから来ただけです」
と慌てて、Mr.ダンディに言う。
「俺はケーキをタダで食べさせてやるなんて、言ってないけど。」
と口の端を上げる。
なんだと?
「颯太、騙したの?」と彼を睨むと、
「言わないことがあっただけだし。」と腕組みをしたまま呆れた返事を投げつける。
私が詰め寄ると、横から、
「まあまあ。」
と笑った声でMr.ダンディが間に入る。
「山内さんだっけ?
うちのパティシエが失礼なことをしてしまったようですね。
お詫びにケーキと、お茶でもどう?」と誘ってくれる。
むう。
このまま帰ったら、
少し、オトナゲないか。
それに、ショーケースに入ったケーキはとっても魅力的だ。
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