キスより甘くささやいて
私はふてくされた顔で海に向かう階段を降りる。
隣を歩く颯太は眉間にシワがなく、男前の顔をしている。
「美咲って、看護師だったんだ。」とポツリと言って、
「そういえば、高校の時、
人の役に立つ仕事がしたいって、言ってたもんな。」と続け、
「覚えてる?
おまえさ、俺から略奪した菓子を食いながら、
『お菓子って人を幸せな気分にするね』って言ったんだぜ。」
「へ?」ちっとも覚えてない。
颯太は私をちょっと、横目でみて、
「ま、いいんだけどね」と少し笑って、向き直る。
「俺さ、無理にgâteauに誘ったけど、
看護師の仕事、探すつもりだった?」と、真面目に聞く。
私は横に首を振る。
「看護師の仕事って、体力と気力がないと出来ない。
今の、私じゃ無理かな。
ここ、2、3ヶ月、貧血ひどくって、うん。眠れないのが原因なんだけど。
ちょっとのんびりしたいって思ってるのが本当のところ。
だから、gâteauの仕事はありがたい話ですよ。
夜勤もないし、
好きなケーキも食べ放題でしょ」とちょっと笑う。
「そっか。俺、おまえの行き帰り一緒に行くし、
よっぽどの事が無ければ残業にもならないから、
少し、のんびり暮らせば。」私は笑って、
「通勤くらい自分で出来る。」と言うと、
「どうせ、俺は車で行くし、近所なんだから気にするな。
こないだみたいに倒れられたら、
俺の心臓にわるい。俺の車で通勤しろ。
これは、業務命令だ。」と眉間にシワを寄せる。
颯太、優しいんだか、怖いんだかその顔はわからないけど
「ありがと」
と小さな声で言っておこう。
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