キスより甘くささやいて
病院の前でちょっと颯太は立ち止まる。
「あのさ…今の母親の状態って、昔とは全然違ってて、…」
と口ごもる。
「あんまり人には見せたくないようなそんな状態なんだ。
だから…」と言いたいことはなんとなくわかる。
私は颯太を見つめ、
「私の家族にも話すつもりはないし、
お母さんを傷つけないようにする。」と言うと、
「サンキュ」とちょっと口の端をあげた。

病室の扉をノックして、
「入るよ」と颯太は声をかけた。
個室に入院しているんだね。
白い広い病室に颯太のお母さんはベットの背もたれをあげて寄りかかっていた。
昔はふっくらとした印象だったけど、今は随分と体重が減っていそうだ。
たぶん、40キロはなさそうだ。
ベットの周囲を一瞥する。
高カロリーの輸液のセットとハルンバック。
きっと、口から十分に栄養が取れてないし、
自力で排尿も出来ていない。
そして、背中には持続で痛み止めが使用できるルートが入ってる。
颯太が言っていたように
もう、長くは生きられないかもしれない。
そう思った。
「颯太」
と呼ぶ声は小さいけれど、優しい声だ。
私が、そっと病室に入ると、私に気付いて、微笑んでくれる。



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