キスより甘くささやいて
仕事が終わった後、
もういちどホテルに電話をして、アポイントを取ってから、
オーナー兼支配人に会いに行った。
ホテルの支配人は南(みなみ)さんと言って、
片岡さんの高校の後輩だと言った。
5階建ての古いこじんまりしたホテルだけれど、
海水浴客や、観光客が多く宿泊するホテルだ。
非常階段を上がった屋上の一角から花火がよく見える。
と笑って、本当はお客さんは立ち入り禁止なんだけど、
片岡さんの頼みじゃ、断れないな。と言った。
当日、キャンセルの部屋が出てるけど、そこも使うかい?
と言ってくれて私達は、涙声で何度もお礼を言った。
ところで、僕からもお願いをひとつ。と支配人は言って、
10月に娘が結婚するんだけど、ウェディングケーキをお願いしても良いかな。
いま、話題のgâteauのパティシエのケーキなら、
娘も喜ぶと思うんだ。と颯太に笑いかける。
颯太は、勿論、やらせていただきます。
必ず喜んでいただけるものを作らせていただきます。と支配人と握手した。
良かった。
これで、花火を見せてあげることができる。
支配人の部屋を出て、
エレベーターの前で颯太は私を固く抱きしめて良かった。と何度も呟いた。
まあ、宿泊客がニヤニヤと通り過ぎて行ったのには
目をつぶっておこう。
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