キスより甘くささやいて
「俺は美咲に甘やかされてないと駄目みたいだ」
と、ティールームに座った智也は照れたように笑った。
付き合っていた頃は胸がキュンと鳴る笑顔だ。
「美咲が病院にいた頃はまだ、時々顔が見れてたから良かったんだけど、
いなくなったら、たちまち俺は落ち着かなくなった。
酔っ払って、先輩に突っかかったり、
婚約者との大切な約束も、すっかりわすれたり
…自分から、酷い別れ方をしたのに、美咲が恋しくて仕方なかった。
美咲は実家に帰ったらしい、って聞いてたから、
鎌倉の小児科のある病院に電話して、探し回った。
見つからなくて、最近は当てもなく鎌倉を歩いたよ。
まあ、自業自得だ。
そんなことをしてたら、婚約者に呼び出された。
婚約前に前のオンナとは別れたはずだって、ちゃんと調べられてた。
あなたは彼女との将来より、大学病院にに戻る道を選んで、私と婚約したはずだったって、
ちゃんとバレてた。
どちらを取るかキチンと考えろって、
この店が載ってるフリーペーパーを見せられた。
美咲の隣で笑ってるあのオトコの笑顔を見て、
もう、間に合わないかもって焦って、押しかけてきたって訳だ。
俺らしくないだろ。
何の勝算もなくノコノコやって来るなんてね。
それくらい慌てたんだよ。
俺は美咲とやり直せるなら、他の事は後から考えても良いかなって、
そう思った。
美咲はどんな時も変わらない態度で、
俺の側にいてくれた。
美咲の手で整えられた部屋で、
俺のために用意されていた食事を食べたり、
美咲と抱き合って眠るのは俺にとって、当たり前になってて、
大切に出来なかった。
今の俺はちゃんと分かってるつもりだよ。
もう一度、美咲とやり直したい。
俺をもう1度だけ信じてくれないか?」と静かな声で私の瞳を見つめた。

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