キスより甘くささやいて
智也は顔を歪め、苦しそうに溜息をつく。
「そっか。…俺たちとっくに終わってたのか。」
と呟いた。
しばらくお互いに見つめ合い、私は
「さよなら、智也」
と口にして、涙がこぼれ落ちた。
智也は黙って、私を見る。
私は椅子から立ち上がって、テーブルから離れる。
話はこれでおしまいだ。
智也が
「なあ」と私に呼びかける。
私が振り向くと、智也はゆっくり笑顔を作り、
「俺さあ、今、誰かに思い切り殴られたい気分。」
と言って、急に私の手を引いて、ギュッと抱きしめ、
「愛してるよ、美咲」と囁く。
私は、懐かしい腕の中で
「私も、愛してた。」と呟いた。
智也は
「チェッ、やっぱり過去形かよ」
と言いながら、飛び込んできた颯太に思い切り頬を殴られて、倒れこんだ。
私は颯太を抱きしめて、止める。
智也は
「いってえ、チョットは加減しろよ!」と座ったまま怒鳴る。
颯太が拳を震わせながら、
「そんな事、出来るか!」
と私を抱きしめて怒鳴り返す。

オーナーが保冷剤を智也の頬に当て、
溜息をついて、
「君はオトナだと思ってたんだけどね。」と笑う。
智也も笑って、
「美咲、どーすんだよ、この顔。俺明日外来担当なんだけど。」と言う。
私は、
「自業自得でしょう。」とクスクス笑った。智也が
「そいつの右手、商売道具じゃないのか?」
と言ったので、颯太の握られたままの拳を開かせると少し赤くなって、腫れてきたみたいだ。
やれやれ。
颯太は、手を開いたり、握ったりして、私に平気だ。と笑いかけ、
「もう1発くらい殴れる。」と智也を睨んだ。私は
「もう、いいの。」と颯太に笑いかける。
もう、いい。
私は智也に愛されていた。
それがわかれば、
後の事はもういいよ。

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