保健室の眠り姫は体育教師の受難を夢に見る
人のネクタイの解き方を、私は知っている。
「――――離してください!」
どん! と力いっぱい市野先生を突き飛ばす。
男の人の体は少し押されただけで、思ったより遠くへは離れてくれない。
はぁっ、と息を吐いて、髪も乱れてしまった私と違って、市野先生はまだ涼しい顔でいる。
ただ、どうしたもんかなぁ、って顔で、頬を掻いている。
「いや……まぁ俺も思い出してちょっと、若かったなぁって恥ずかしいことばっかなんだけどさ」
「訊いてません!」
「冷たいこと言うなよ。聴いてよ」
「なんでこんな……」
「思い出してほしいから」
先生の目には、さっきまでの意地の悪さも、茶化すような色もない。
真剣な目が私を倒そうとしている。
「もうそろそろ思い出してよ」
絶対に信じない。
「……先生」
「なに」
「みちる先生のことは?」
「みちる?」
二人はデキているんだ。
他の生徒の前では〝真庭先生〟って呼ぶのに、保健室では何もはばからずに〝みちる〟って呼ぶ。
みちるって呼んで、私の反応を目敏く見つけて笑う。
「みちるねぇ……」
「私も、二人が楽しそうに正門に歩いていくところ見ましたよ」
「だからなんだよ」
「お似合いだと思います」
「あのなぁ」
いい加減イライラするわ、と先生は言って。
黙らせるようにキスしようと口を開いた。
食べられる。