保健室の眠り姫は体育教師の受難を夢に見る
「大丈夫。誰もいないよ」
そう言ってみちるちゃんはデスクに置いていたコーヒーを拾ってまた一口含んだ。
「それよりいいの? 走って逃げてきたんなら、久詞、ここにあなたを追いかけてくるんじゃない?」
「……」
そう言われて、逡巡する。
確かに、先生はこの後ここへ来ると思う。でも今日はもう会いたくなかった。
「……帰ります」
「そう。気をつけてねー」
いつも通りひらひらと手を振るみちるちゃんを尻目に、私は鞄をひっつかんで足早に保健室を出た。
保健室の戸が再び開いたのはそれから数分後のこと。
「みちる」
「あ、久詞先生」
「糸島は?」
「今しがた下校されました!」
「ふーん……」
「糸島ちゃん、今日休みにきたときにしてたヘアピン忘れて帰っちゃった」
「どれ?」
「そこ。デスクに置いてるグレーのハートのやつ。糸島ちゃんがそんなのつけてるの珍しいわよね」
「……あぁ。これ、預かってていい?」
「別にいいけど」
返事を訊かずにヘアピンを持っていってしまった彼の背中を見送って、みちるはつぶやいた。
「眠り姫だし、赤ずきんだしシンデレラだしで、ほんと楽しいわねぇ」