保健室の眠り姫は体育教師の受難を夢に見る
三年目の春に〝市野先生〟と初めて呼ぶまで、私はずっと彼のことを下の名前で呼んでいた。
それは一年目の春に出会ったときから、ずっとそうだった。
それは何というか不思議な出会いで。
先生と生徒として出会ったわけじゃない。
だからといって、外でプライベートで出会ったわけでもない。
高校に入学した最初の日に、私たちは保健室で出会った。
* * *
春。新しい制服に身を包んで入学式に臨んだその日。
私はここぞとばかりに低血圧を発揮していた。
初日から無念……。
大人しい女子からキャラ変して友達いっぱいつくるんだーとか、運動部の先輩に告白されて付き合って青春を謳歌するんだーとか、そんなできもしないとほんとはわかってることを妄想しながら機嫌よく登校してきたのに、これである。
かろうじて入学式を耐えて、よろよろと保健室に向かう。
保健室はだいたい一階にある、という小中の経験だけを頼りに探すと、その表札はすぐに見つかった。
きっと今頃、クラスはこれから始まる自己紹介にちょっと浮足だっているんだ。それなのに私はなんで一人保健室へ……? 泣きたい気持ちをぐっとこらえる。冷静に考えろ小唄。自己紹介中に卒倒するっていう悪目立ちのほうが何倍もイヤだ。
そんなことを考えながら保健室の扉を開けた。
「…………あ」
そこには先客がいた。
春の風に揺れるカーテン。
白く反射する壁とシーツ。
少しだけ鼻につく消毒液のにおいのなか。
上はカッターシャツに、下はスラックスを穿いた男の子がいた。