Rhapsody in Love 〜幸せの在処〜
「……ずっと前に、〝ある人〟に教えてもらったんだよ。この神宮の森のことも、清正の井戸のことも。」
「『ある人』…って?」
他意のない目で、陽菜が訊き返す。
日が傾き、重なり合う木々の梢が作るほの暗い影の中で、遼太郎はしっかりと陽菜に視線を合わせて、少し言いよどんだ。
遼太郎から真面目に見つめられて、陽菜は少し照れて嬉しそうに、戸惑ったような表情を浮かべる。
「……ある人っていうのは、……俺の好きな人だ。」
しかし、遼太郎のその言葉を聞いた瞬間、陽菜の胸の中には不安の火が熾り、その顔から笑みが消える。陽菜は『好きな人』の意味を確かめるべく、思い切って切り出した。
「…好きな人って?男の人ですか?尊敬する人とか?」
陽菜は直感的に、歴史に詳しい人物だから男だと思ったのだろう。遼太郎はそれを聞いて、薄く笑うと首を左右に振った。
「確かに、尊敬する人でもあるけど…。好きな人って言えば、普通は女の人だろう?…俺の『彼女』だった人だ。」
決定的な事実を知って、思わず陽菜は唇を噛んだ。
そんな陽菜の反応を、遼太郎は注視して観察する。
恋愛に関しては、心の周りに強固な柵を作り上げているのに、陽菜は遠慮もなくその柵を乗り越えて、自分の領域に入り込んで来ようとしている…。そんな面倒なことを恐れ、遼太郎は予防線を張るのに必死だった
ここまで言えば、〝その気がない〟ことを宣言しているのと同じことだと思った。