Dear…
寒い。
とても寒い。
体が動かない。
こんな所で倒れている場合では無いというのに。

「ぐっ…あ…会いに行かなくて…は…はっ…はっ…うぐっ…」

そう、会いに行かなくては。
彼女に会いに行かなくては。
今日は一緒に歌う約束をしたのだ。
行かなくては、行かなくては。
-死ぬのだろうか-

冷たい煉瓦の上で、己の血の臭いを嗅ぎながら俺は前へ進もうと、感覚の無い両腕に力を込めた。

-嗚呼、俺は死ぬのだろうか。彼女を置いて。-

動かない体はイエスと言っているかのようだ。
どんなに力を込めようとも、この体は進みはしなかった。

-嗚呼、惨めだ。君を1人にしてしまうなんて、最期に何も告げることが出来ないなんて-

体の中心から広がる痛みは、傷によるものだけでは無いのだろう。

「おや、随分と派手に刺されましたね。」

少しおどけたような声が降ってきて、ぼやけた視界に茶色の革靴らしきものがあった。

「はじめまして、私は代理執筆屋のシュウと申す者です。」

声からして男だろう。
へんてこな奴だと思った。

「だ…だいり…?」

喋る度に傷口がじんじんと痛む。
さっきより呼吸がしにくく感じた。

「その様子じゃあ、もう助からないでしょうね」
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