あの日のきみを今も憶えている
「ミィ!」


膝を付き、顔を覗きこむ。
美月ちゃんは、目じりに涙を残してすうすうと寝息を立てていた。


「寝て、る……?」


涙をごしごしと拭きながら、様子を見る。

いつものピンク色の頬に、艶のある唇。
長い睫の縁取った瞳はそっと閉じられていて、そこには異変はない。
だけど、彼女はさっきまでの言い合いが嘘のように、穏やかに眠りに落ちている。


「なん、で? 嘘でしょ?」


今まで、話の途中に眠りに落ちることはなかった。
気が緩んだときに眠る、泣き疲れて眠る、そんな感じだった。
この状況で寝るのは、絶対おかしい。


「ミィ⁉ ミィ! 起きて!」


何度も名前を呼ぶ。
だけど、眠りに落ちた美月ちゃんを起こそうとするのは無理だと分かってる。
だけど、不安が募る。これはだって。


「何で? なんで、こんなに寝ちゃうの。これって絶対」


おかしい。
私の分からないところで、美月ちゃんに何かが、確実に起きている。


「タイムリミットが近いんだ」


声がして、顔をあげた。
そこには、穂積くんが立っていた。


「穂積、く……?」


どうしてここに?
穂積くんは大股で私たちの方へ近づき、私の腕を掴んだ。


「美月ちゃん、寝ちゃったんだろ?」

「う、ん。でも、何で」


何でここに穂積くんがいるの。
その問いは、最後まで口に出せなかった。

穂積くんが私の手を掴み、引き寄せる。
少しだけ汗の匂いのする胸に、いきなり抱き留められた。


「ほ、穂積く……ん⁉」

「グラウンドで、様子のおかしい君を見かけた。それを追ってここまで来て、そして話、聞いた。全部」

「……!」


聞かれた?
美月ちゃんとの話、全部⁉


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