あの日のきみを今も憶えている
「あたし、よく寝るじゃない?
最近、それが『寝る』という言葉が当てはまらないんじゃないかって言うくらい深いの。
深い深い、音もしない水底に沈んでしまう感じっていったらいいかなあ」


美月ちゃんは続ける。


「最初は、ヒィの体を使うことってすごく疲れるんだな、っていうくらいしか考えていなかったんだ。
だけど、だんだん怖くなってきた。
もしかしたら、眠ったまま永遠に目覚めなくなっちゃうんじゃないかって」

「だから、私の体に入らなくなったの?」


思い当たって訊くと、美月ちゃんは頷いた。


「まあね。こういうの、延命対策っていうんだっけ?
最初はまあ、そんな感じで。
だけど、入らなくなっても眠りはどんどん襲ってきたから、意味ないんだって分かったけど」


肩を竦めて言う美月ちゃんの声は、どうしてだかさっぱりしていた。


「終わりが近いんだって、気付いた。そして、それがいつかって考えた時、四十九日目なんだろうなって。
死んだ人は四十九日間だけこの世をウロウロできるって、昔おばあちゃんに教わったし」

「どうして、それを言ってくれなかったの」


対して私の声は、かさかさに乾ききっていた。
かすかに震えて、私の方が死にそうだ。


「言おうとは思ったよ。でも、ぎりぎりまでは、黙っていたかった。普通通りに、過ごしたかったから」


美月ちゃんは、壁にかかったカレンダーに視線をやって、「8月31日」と言う。


「夏休み、最後の日。それがあたしの、この世での最後の日になると思う」

「それは、どうしようも、ないの……?」

「うん、きっと。やだ、ヒィ泣かないで」


美月ちゃんが私を見て立ち上がる。


「泣かなくていい。あたしはまだここにいるし」


ね? と笑う美月ちゃんに、首を横に振る。


「やだよ。私、美月ちゃんと一緒に居たい。もっとたくさん、もっと、いっぱい」


美月ちゃんが、笑みを引っ込めた。困ったように眉尻を下げる。


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