あの日のきみを今も憶えている
キャンバスの中には、うっすらと目を開けようとしている美月ちゃんがいる。

眠りから目覚める瞬間の、あどけない美月ちゃん。
揺れる睫毛も、「ふにゃ」と声を零しそうな艶やかな唇も、薄桃色の柔らかな頬も。
私は全てをキャンバスに写し取った。

何度も何度も美月ちゃんを思い出し、夏の間に山ほど描いたスケッチに埋もれて。
他愛ない会話も、瞬間も、何度も再生した。
私の知る美月ちゃんを、凝縮した。


私は、美月ちゃんを永遠にする。

誰が忘れさせるものか、
誰が忘れるものか。
あなたが生きてきた証は、私が永遠に残す。

だって、絵はそれを可能にする。

そして。


「では、受賞の挨拶を」


マイクが手渡される。私は、キャンバスの中の美月ちゃんを見ながら、口を開いた。


「……私は、ドガが大好きです。永遠を切り取って、次の瞬間を見る者に与え続けるドガを尊敬しています。
キャンバスの中に永遠の生を与える、ドガのような画家になりたいと思います。

……絵の中の彼女の『目覚め』は、私の永遠です。
私はずっと、ずっと、彼女が目覚める次の瞬間を待ちわびて、この絵を描きました。
彼女が微笑んでくれる次の瞬間を、ずっと待っています」


『またね』


美月ちゃんはあの時確かにそう言った。
だからきっと、いつか彼女はこの世界で目覚める。

どんな形かは、分からないけれど。それでもきっと。
そんな、彼女の『目覚め』を祈って筆を取った。


「は、はあ? 不思議な感性、ですねえ」


司会の女性が戸惑ったように瞬きをする。
私はそんな彼女に笑いかけた。


「この子、今にも起きだして笑いかけそう。そう思ってくれたら、いいんです」


私のコメントに首を傾げる人々の中で、たった二人が、分かってくれた。


「ああ、彼女は、生きてる!」

「いつかきっと、笑ってくれる!」


二人は、私の為に、惜しみない拍手を贈ってくれた。

その拍手が、だんだんと大きな波となる。
顔を見合わせるようにしていた人たちが、「そうね」と口を開き、笑顔で手を叩いてくれる。


「福原、お前最高だ! お前の、永遠のミューズに幸あれ!」


杉田先生が、男泣きに叫ぶ。
やだ、先生。
それはさすがにクサいし、恥ずかしい。
だって彼女は、私の大切な友達なだけだ。

巻き起こる拍手に、マイクを手にした司会の人が驚いたように「すごい」と言う。
それから、我に返ったようにマイクを握り直した。


「では受賞者の、福原陽鶴さんに大きな拍手を!」


いっそうの、温かい拍手が起きた。

その中で、私はキャンバスの中の美月ちゃんに笑いかけた。

またね、という言葉を、私は信じてる。
あのひまわりのような笑顔ともう一度、巡り合えるってずっと信じてるから。


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