あの日のきみを今も憶えている


翌日の昼過ぎ。
陸上部の練習は今日も二時からだという話を長尾くんから聞いていた私たちは、美術部の部室でその様子を見学していた。
家で悶々とその時間を待つより、ここで少しでも姿を見ている方がいい。

私たちが美術部の部室にいると分かっている長尾くんが、何度かこちらに視線を投げてくる。
視線が合うと、にっこり笑いかけてくる。


「見て、ヒィ! 穂積くんがこっち見てる」


手を振って! という美月ちゃんの為に、私は仕方なく会釈をして返すのだった。

私は窓辺に張り付いている美月ちゃんをスケッチして時間を過ごした。
今日は他の部員がいたので、なかなか会話ができない。
美月ちゃんの質問に頷いたり首を横に振ったりする程度のやり取りしか出来なかった。


「福原ぁ、お前、次の絵の構想はまとまったかー」


ふいにでっかい声をかけて来たのは、我が部の顧問である杉田先生だった。
文化畑の人間とは思えないがっしりとした体つきの、四十過ぎの杉田先生であるが、やたら声が大きい。

性格は粗暴で乱暴。
典型的な芸術馬鹿で、よくまあ教師という職に就けたなと思うくらいだ。
なのに絵筆を持たせたら繊細なものを美しく描くのだから、不思議だ。美術部最大の謎である。


「文化祭のですよね? まだです」

「文化祭じゃねえよ。校内イベなんて、今描いてるスケッチでも千切って出しとけ」


ふん、と偉そうに言うが、教師の台詞じゃないっすよ、それ。
非難を込めた目で見たが、粗暴大王はそんな視線なんてどうでも良さ気に続けた。


「そうじゃなくて、来年の『こうこうび』だよ。お前は絶対にもっと上に行ける。いいか、死ぬ気で描け。今からそれだけに集中しろ」

「はあ」


と言われてもまだ何も思いつかないし。
ていうか、今はそれは二の次なんだよね。

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