桜の花びらの記憶

電車

　初めての満員電車で、私は必死でつり革につかまっていた。

　電車がカーブを描くたびに大勢の人たちが、一気に右へ、左へ、傾く。

　早く降りたい。

　駅はまだあと三つ。つり革を持つ手がしびれてくる。

　つり革を持つ手を、右手から左手に変えようとした瞬間のブレーキ。

　私はつり革をつかみ損ねた。

　押されるまま出口付近に進んでいく。

　違う、私の降りたい駅はここじゃないのに。

　押されて、押されて、とうとう駅に降りてしまった。



　見知らぬ駅。

　ホームの向こう側にある桜の木からたくさんの花びらが舞い込んでくる。

　そんな花びらを踏んで歩く人の足、足、足。

　大勢の人が行きかうのに、誰一人知ってる人はいない。

　私はベンチに座り込み、カバンを抱えた。