溺愛ドクターは恋情を止められない
「お疲れさま」
交代のドクターがやってきて引継ぎを済ませた高原先生が、一足先に救急から去っていく。
その後姿がなんだか小さく見えて、胸が締め付けられてしまった。
私も、引き継ぎがある。
最後のカルテの打ち込みに時間がかかり、少し遅れて始まった引継ぎは、あの光景を思い出させた。
「本日、死亡が一名。脳梗塞の男性」
加賀さんが、そう口にしたとき、奥様の叫び声を思い出してしまい、全身に鳥肌が立った。
「松浦さん、どうかした?」
「えっ、いえ」
思わずボールペンをギュッと握りしめたところを見られてしまったらしい。
加賀さんが私の顔を覗き込んだ。
「今日はバタバタだったから、ゆっくり休みなさい」
「はい」
更衣室で他の課の事務員と一緒に着替えるのはいつものことだけど、ワハハと笑い声の広がる空間が、苦痛で仕方ない。
笑えない。どうしても。
すぐに着替えを済ませ、更衣室を駆け出した。