戦慄のクオリア
ミレイは一礼をしてステージの奥に引っ込んだ。代わりにステージに登場したのはスカーレットだ。
 ジェイドと生徒会が作り上げたシナリオは主に学校での、今までの生活を題材にしていた。何でもない日常の幸福さ。最初は見向きもしなかった観客だったが、徐々に劇に注目し始めた。最初はクスリと一瞬だけ笑い、直ぐに真顔に戻った。今は笑っている場合じゃないと、戒めのように己の心に言い続けた。其れでも面白いことに変わりはない。気づけば彼らは声を出して笑っていた。催しの最後はスカーレットの歌で締めくくった。生徒達の間でほんの少しだけ笑顔戻って来たのをジェイドはステージ袖から見つめた。
「ありがとうございます、ジェイドさん」
レレナはジェイドの隣に立ち、彼にだけ聞こえる声で囁いた。ジェイドは視線だけで「何が?」と問うた。
「ジェイドさんが今まで倉庫に眠っていたものを再利用しようって提案してくれたからこうして劇をすることができました。だから、ありがとうございます」
「別に。僕は思ったことを口にしただけだから」
其れが謙遜でも照れ隠しでもないことをレレナは知っていた。今は其れでもいいとレレナは思っている。
『今は其れでいい』では、遅いことに此の時のレレナは気づかなかった。


学校で、一時の安らぎを味わっていた中、街では続々と人々が倒れていた。
「エヴァネンス、状況はどうなっている?」
「医者の話では細胞が少しずつ死んでいっているそうです」
「細胞が死んでいく?」
エヴァネンスから報告を受けたグレンは要領得ない説明に怪訝な顔をした。だが、問われたエヴァネンスも医学的なことはよく分からない。
「個人差はあるようですが」
「未知のウイルスか何か、か?」
「医者の話では、違うようです。原因は不明。ついでに治療も症状の抑制方法も不明だそうです」
エヴァネンスの報告を聞きながらグレンは別の報告書に目を通していた。同時進行で方策を立てているので、頭の疲れは半端なかった。
「できるだけ情報に規制をかけておけ。今は何も分かっていない。そんな状態で中途半端に情報を与えれば余計な混乱を生む」
「分かりました」
グレンは持っていた報告書を放り投げた。問題はいろんな所で生産されていくのに解決策は生産されない。頭が痛くなる。
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