うちの嫁
振り返ると、早苗さんが私を見ていました。あんぐり口を開けたまま、言葉が出てこないようで、それを見た時、早苗さんは文字を繋がないと滑稽なのだと知りました。ええ、初めて知ったんです。
牧江さんと和津ちゃんも、掛ける言葉が見つからないのか、なんと間の抜けたこと。
無でも無で無く在りたい。
羞恥という望遠鏡から見た景色は、私に生きる渇望を与えてくれました。
ゆっくり、被っていた下着を取り、目にも見えないだろう速さで畳み、お茶を淹れるのにお台所に立つと、守護霊みたいに3人がついてきます。
早苗さんは買ってきた鯖寿司の包み紙を開き、牧江さんはお皿を用意し、和津ちゃんが調子っぱずれの鼻歌を歌うので、早苗さんに叱られています。
レンズを外す日常の、なんと退屈なこと。そして、なんと居心地の良いこと。
はじめっから決まっている過程、今日だったら、わたくし、染野美津子62年8ヶ月と11日目の午後2時に、旧友とお茶を飲みながら、息子が連れてきたお嫁さんに対する評価を行う日を、今から行う。
すべては予め、決まっていること。
お箸を4膳と言ったのにもかかわらず1膳足りないと、寿司屋に喜々として文句を言う早苗さんも、それをとりなす牧江さんも、鯖寿司を食べずに、うちの冷凍庫からあずきバーを取り出して隠れて食べているつもりだろう、お茶目を装ったなんともチグハグな和津ちゃんも、予め決まっていたこと。
それなら___。
ここにチンパンジーが闖入(チンニュウ)するのも、決まっていたこと。
まず早苗さんがこう言いますわよ。
「で、お嫁さんにちゃんと叩き込んだ?」
上下関係上下関係と牧江さんと和津ちゃんが囃し立てるので、早苗さんはほら、お箸をピシャリと置いていかに最初が肝心か___。
襖が静かに開きました。