うちの嫁


「あゝ、うちの嫁のミルキーです」

恭(うやうや)しく紹介したつもりでも、とうの嫁はお尻をかきながら肩を揺らしてやってくると、変に一つでけ残った遠慮の塊の鯖寿司を素手で引っ掴み、気怠そうに咀嚼します。

さも美味しくなさそうに。

わたくしたちを無遠慮に睨みまわし、さてどれから喰らってやろうか、その剥き出しの目玉が…ぴたりの牧江さんで止まったではありませんか。

悲鳴を飲み込んだ牧江さんの体臭を嗅げるだけ嗅ぐと、椅子に掛けてあった無地のトートバッグに手を突っ込み、大きなタッパーをこれ見よがしに取り出しました。

嫁は、舞台役者のように表情が豊かです。

「お彼岸だから、おはぎを作ってきたの」

牧江さんは言います。

それで世界中が納得して頷くだろう、そんな物言いはけれど、宝箱発見よろしく居間でタッパーをかき混ぜる嫁には通用しません。

宝を独り占めする、そんな嫁を、早苗さんが放っておくわけありません。

「ミッちゃん、あなた完全に舐められてるわ。猿はね、自分の位置ずけができるの。一回でも自分より下だと思った者には容赦がないわ。あなたはこの家の主なのよ。あなたがそんな態度だから、猿ごときにいいようにされるのよ」

返す言葉はありません。

早苗さんの話をさも神妙に聞いている風を装う、この40うん年で、私が身につけた特技なのですから。

それより私が思ったのは、あの牧江さんのおはぎをよく嫁が口にしたなということ。俯いてましたけど、少し顔を上げると、和津ちゃんと目があい、牧江さんと同様に顔をしかめているけれど、明らかにその仕様が異なるというか。

仏様も腹を下すのではないか?と、お供えする時にいつも思っておりました。

けれど年に一回、お彼岸におはぎ、この正解を打ち崩すことはできませんでしょう?

「ミッちゃん‼︎早く動物園にでもお返しなさいよ‼︎」

早苗さんははっきり言います。

牧江さん、あなた味覚ないの?って、はっきり物言う人ですもの。そして牧江さんは、わたくしに詰め寄るんです。そりゃもう、早苗さんより目くじら立てて。

私は美味しいと思うわ。

はい、これがわたくしなんですね。


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