うちの嫁


信明はそれはもう、野球が好きな子どもでした。キャッチボールが出来ない主人に代わり、よく河原で投げ合ったものです。フライが苦手なようで、頭の上で捕るのではなく、お腹に手を添えて捕りなさいと教えました。

少し不恰好だけれど、使えるものはお腹も使わないと。

バットを振る時も、すんぜんに目を閉じるものですから、ボールをよく見なさいと教えたら一度、草野球の試合で打ったんです。フライだったけれど、守備位置が誤っていたのか、真ん中にポトリと落ちて。

息子は2塁で万歳してました。目はきつく閉じていたんですけれどね。

あゝ、そうそう。クリーンヒット。やっと出てきたわ。最近はすぐ言葉か出てこない、それも横文字は特に。脳に不出来な蚊が住んでるみたいに。これがまた臆病なんですよ。さっさと針を刺せばいいものを。

早苗さんに、クリーンヒットしたんです。

迷いなどない、一直線に早苗さんの一張羅目がけて、いい感じにおはぎが弾けたんですの。

早苗さんは飛び退きましたけれど、猿の本能か嫁が長けているのか、その飛び退いた先でもう、おはぎが待ち構えていました。

屈んだところには二発。

股をおっ広げ、早苗さんがひっくり返ります。こんな早苗さんを見たのは…あゝ、ついさっき、双眼鏡から覗き見ました。

もしやと思い、嫁を振り返るとやはり、頭からわたくしの下着をかぶっているではありませんか‼︎

ここまで早苗さんを逃げ惑わせるなんて、夢物語。そうだ、これは夢なのだ。呆気に取られていた牧江さんと和津ちゃんも、今ではお腹を抱えて笑っている。

これは白昼夢。

タガというレンズを外した時にだけ見える、我が身の願望。だって嫁は早苗さんしか狙ってないんです。まぁ、一発や二発、あとの2人に当ててもご愛嬌だけれど。

もう二度と来ないから‼︎と叫んで早苗さんは帰っていきました。牧江さんと和津ちゃんも後を追いかけるので、私は牧江さんを呼び止めました。


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