うちの嫁


ん?と、牧江さんは振り返ります。私の言うことは分かっています、私の言うことならなんでも。だから遠慮せず、さぁ、お言いなさいな。どうせ、早苗さんに謝っておいてほしいとか、また一緒に遊びに来てとかなんかそこらへんに転がっている小石みたいな___。

「おはぎ、もう要らないから」

でも小石って、欲しい時には案外と見つからないものなんですよ。

牧江さんはすぐ取り繕いました。綻びはまだ、紐で結べば大丈夫と、わたしの後ろに目をやりました。

嫁が、放ったおはぎを集め、山を拵えています。

訳知ったという風に牧江さんが頷くので、そうじゃなくてと前置きして。

「あんまり、美味しくないの」

猿が山を拵えてるくらいにね、とは黙っていました。だって、牧江さんの顔からなにかが抜け落ちてしまったのです。これが無表情というものか。双眼鏡から覗いたあちらは、人を無にもする。

踵を返して去っていく牧江さん。その背におはぎを投げつけたら、無から何が生まれるだろうか。かなりの距離が開いたが、信明とキャッチボールでならした肩が有る。

今ならまだ、投げ合うことができるのです。

けれどわたくしはそうせず、家の中に戻りました。すでにおはぎの山は崩れ、なにかその手に掴める手頃な宝物はないのかと、嫁は机の下を覗いています。

きっと、彼女が投げたのは、黒い塊をした夢。

嫁は夢を探しているのでしょう。

片づけを始めた私に、毛むくじゃらの体躯を擦り寄せ、嫁姑にはなから距離などなかったら、諦めることすらしないのだという温もりを感じました。だって、距離はないのですから。

「おはぎ、作りましょうか」

嫁は通じたのか通じてないのか、無邪気に手を叩いています。

もち米あったかしら?



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