うちの嫁


洗濯ばさみございますでしょう?四角い枠にそれは沢山ぶら下がって、歯を食いしばってタオルや布巾を落とさぬよう、必死なんです。その洗濯ばさみ、わたくしが干そうと目論むと、気持ち良いくらい折れるのです。

足なのか手なのか、そうするともう、開くことがなくて、ただぶら下がっているだけ。挟むことも開くこともできず、乾かすわけではない、沢山の洗濯ばさみ。

それらが私に挨拶に参ります。

青いはずの洗濯ばさみは今、黒く染まっている。前にも言いましたが、黒が善だとわたくしは思います。

善に服した参列者は、私がお数珠を握ってないことを知ったら、灰に染まるのでしょうか?

早苗さんはそれはもう献身的で、牧江さんと和津ちゃんが受付を買って出てくれました。

3人とも、とても綺麗です。

他所様の死は、他所様を美しくするのです。

突然、不慮の転落死を遂げた土佐犬。その大きな躰が横たわった棺桶の中を、白い花(白は悪なのです)などではなく、折れた洗濯ばさみで一杯にしてしまいたい。

折れていなければならない。

なんの価値もない、無意味なもので埋め尽くしてやりたい。

私は、後ろを振り返りました。

さめざめと泣き声が聞こえたからです。

それも一つや二つではなく、泣き声はいくつにも重なり合い、親父も人望があったんだなぁ、と喪主の信明はため息混じりに言いました。

さめざめ、さめざめ。

私は再び、振り返ったのであります。

まず、顎が異様に長いシェパードが目につきました。まつ毛も長く、肉球を押し当てて泣いております。その横には肥えたマルチーズ。あそこまでいくと飼い主の責任でしょう、その後ろにはなんと、ペルシャ猫まで鎮座しているではありませんか。

花を捧げる時間です。

花など、捧げたくはありません。

花なんか。

棺桶の中で、主人は眠っています。さめざめ、眠っています___。

洗濯ばさみがいい。

片方、折れた洗濯ばさみ。

閉じたまま、二度と花咲くことがない、わたしだけの洗濯ばさみ。

ぬーっと、毛むくじゃらの腕が伸びてきました。

嫁です。





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