うちの嫁
息も絶え絶えの信明を見定めると、嫁はわたくしに歩み寄ってまいりました。
片割れの翼に触れると、指先で羽根を揉み始めます。信明のことなど目にも入っておりません。多くの親族に見せびらかすよう、嫁は悪い目をしております。
「母さん…」
嫁に捨てられたと気づくと、抉られた生命力が今度は母を呼ぶのです。
わたくしは息子に一瞥しただけで、嫁とともに、嫁の親族の羨望とも嫉みとも取れる眼差しを一手に引き受け、そして、微笑みました。
すると___。
嫁の叫び声が山々に響き渡り、いくつものものが飛び立ちました。
わたくしの右の背から、翼が生えたのです。
真っ白な純白の翼が。まるでこの場で結婚式が行われるようで、でも私は妻でも嫁でも、母でもない。それなのに1番の白を身に纏い、それが善の色ではないと拡張してまわる。
「あなた、一緒に行きます?」
人間の言葉などわ分かろうはずがない薄汚れたチンパンジーはしかし、神妙に頷きました。
なぜなら彼女は、れっきとしたわたくしの嫁。
お嫁さんなのですから。
右の翼で嫁を包み、トンっとぬかるんだ地を蹴りました。無様に倒れている信明が、あれよあれよとう間に小さくなります。
緑を突き抜けると、そこは薄い青色をしておりました。
翼にぶら下がり、嫁は興奮して歯茎を見せております。この翼にかかれば、嫁など軽いもの。すべては綿なよう。私も、早苗さんも、牧江さんも和津ちゃんも、吹けば飛ぶのです。風に乗って、どこまでも高く、どこまでも優しく穏やかに、空を泳いで雲を潜ることもできる。
なんだってできるのです。
一羽の羽根をもぎ、それを大きな鼻の穴に入れてくしゃみを繰り返す、嫁と一緒ならなおのこと。