うちの嫁
なにも書き残すこともない、我が人生。七夕の短冊でさえ空白が目立つ、付箋程度のちっぽけだけれど、細やかだった人生が、もう本が何冊あったって足りやしない。たんぽぽの綿毛のように、付箋も風に靡いていった。
ふーっ。
誰が息を吹きかけたわけでもないのに。
「紹介するよ。こちら、ミルキーちゃん」
木魚がリズムよく、隣のチンパンジーを紹介する。それで飽きたのか、緑茶を自分の顔めがけて放った。そりゃ、茶が目に入りますわね。
それが面白かったのか、立て続けに茶を2つ放ち、飲んだのか飲まなかったのが判別がつかなかったけれど、お台所に戻ってタオルを取り、差し出しました。
しかし、ミルキーちゃんとやらはタオルを睨みつけて微動だにしません。
なんの変哲もない、薄い紫色のタオル。
「あゝ、彼女は紫がダメなんだ。きっと子供の頃のトラウマだろうね」
信明が言うので、お台所に戻って黄緑色のタオルを手に戻るや否や、私の手からタオルを引っ手繰ると、ミルキーはその場で引き裂きました。
よっぽどトラウマじゃないのか、猿のくせに。うまいこと言ったもの。虎に馬。
肩を揺らして笑い始めた私は、さて、一体どうこのチンパンジーを早苗さんたちに紹介したらいいものか、考えを巡らせました。
「僕は彼女と結婚する」
それは、既に決められていたこと。私が余計な口を出さないことを息子もよく知っています。
でもあなた、チンパンジーじゃないの。
それすら、余計なことであって、今、その彼女は障子に剛毛な腕を突っ込み、首を傾げている。両の腕をそれぞれ反対から突き出したため、障子を抱き締めており、ぶら下がる。
嫁は、笑っておりました。