優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新

8.運命の歯車 - 冬生 -



深夜、僕は大夢さんから借りた医学書と、
手元の資料に目を向けながら書斎で一人読みふけっていた。

多久馬総合病院での研修医としての
僕自身の勉強のための資料と、瞳矢の指のことに関する資料。


デスクに向かってメモを取りながら、
勉強していたボクは、眼精疲労を感じて少しの休憩を挟んだ。


目の周りの筋肉を軽くマッサージして、
和羽が眠る前に入れてくれたお茶で喉を潤す。



何時の間にか、温かかったお茶が冷めてしまうほど
時間が過ぎていたみたいだった。



時計の方に視線を向けながら、
コルクボードに飾られている写真のうちの一枚に視線を向ける。



そこには高校生の夏。
真人君が、心臓の手術に来たあの夏の一幕が閉じ込められていた。

両親と真人君。
そして僕が、彼のベッドを囲んで楽しそうに笑ってる一幕。


あの頃の笑顔と、再会した君の顔があまりにも違い過ぎて
僕は戸惑ってしまった。


君がこっちに引っ越して来てからも、
何度となく姿を見かけていたと言うのに。



あの頃の君は、恭也小父さんのことを『あんな人がパパだったからいいのに』っと
嬉しそうに話してた。



今はその人が、君のパパなんじゃないのか?


願い続けた人が、君のパパになったはずなのに
君はどうして、そんなにも苦しそうに映る?






夕方、大夢先生に呼び出されて顔を出した病院の駐車場。

真人君は僕が運転する車の前に飛び出してきた。

君はすぐに、ボクからも逃げ出すように走り去ってしまったけど、
あの時、僕が真人君を捕まえていたら。

後悔を繰り返しても、
過ぎてしまった時間は戻ってこない。




あの後も、ずっと君は瞳矢と、お義母さんと出逢うまで
雨の中を彷徨い続けていたと言うのか?


高熱を発するようになるまで。

自問しても返事は帰ってこない。



瞳矢も真人君と再会した。
そして僕も真人君と再会を迎えた。



だけど運命の歯車はあまりにも残酷だね。



今も瞳矢の部屋で熱に魘されて
眠っているだろう……真人君を思い返す。


多久馬家。


両親が亡くなり、高齢だった祖父もその後を思う様になくなった為、
僕は恭也小父さんの保護の元、成人を迎えた。

僕が多久馬家で過ごした時間は、
それはあまりに短かすぎる時間。


多久馬家の中心は院長夫人である昭乃夫人。
そして……昭乃夫人の実子、勝矢くん。

勝矢くんの将来を不安させる
材料はことごとく……精神的苦痛によって潰される。


それが昭乃夫人の陰湿な手口。


そんな多久馬の家での生活が耐えられなくって、
僕はすぐに多久馬の家を出た。

その時の僕自身にも耐えることのなかった、
生傷や痣。


その事実を恭也小父さんに隠しつつ、
両親と過ごしたマンションで暮らしたいと、
一人暮らしを始めた。


一人暮らしを初めて大学生活を迎え、
その中で今の奥さんである、和羽と出逢って学生結婚をした。


両親と暮らしたマンションはその時に引き払って、
この檜野家の敷地内に、
お義父さんの設計によって作られたこの家へと引っ越してきた。


距離を取っても、今でも昭乃夫人を見かけると
体が委縮していく。


だから今日、君を診察していた時に見つけた
傷も痣も、僕には家庭内暴力に寄るものだと想像がついた。

だけど僕は何も出来ないでいる。


そして僕自身の家族問題。

瞳矢の病気の件。

瞳矢の問題を抱えながら行き詰っていた僕に、
指導医の大夢さんは親友である
天李さんを紹介してくれた。


そして大夢さんの紹介状を持って
母校の神前大学附属病院系列の、西園寺病院を
瞳矢と義母が訪ねたのが入学式の翌日から今日まで。
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