優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新


義兄さんが話した「そのまま」の形が
難しいのは、ボクも気づいてた。


通院を初めて、母さんも姉さんも何気なくて過ごしているようで
ボクを気にかけてくれているのがわかるから。

空気が変わった現実。
夜のリビングで母さんが泣いていて、姉ちゃんが必死に母さんを支えてたのも知ってる。

ボクの病気で苦しんでいるのはボクだけじゃない。

家族も皆、辛いんだ。

ボク、一人だけが苦しいわけじゃない。


「瞳矢は今どうしたいの?」

「今はコンクールまで指が動いていて欲しい」


義兄さんの質問に、ボクは即答する。



……そう……。

どんなに無様な演奏でもいい。


この指が動いてくれれば、ボクがピアノに触れられれば。
ボクの音楽生活の最後に相応しい舞台を整えられれば……。




「そうだね。

 なら家族皆で瞳矢の指が動くように祈ってようね。
 だから一緒に頑張ろう。
 
 弱音を吐きたくなったら、いつでも僕に甘えていいから。
 お義母さんや和羽には言いにくいこともあるだろうしね。 
 
 瞳矢が挫けそうになる心を僕は精一杯受け止めるから」

「……うん……」


皆を悲しませちゃいけないね。
ボクは宝物を見つけ出すために……今を生きるのかもしれない。


会話の後、ボクは再び鍵盤へと意識を集中していく。


「ねぇ、聞いてくれる?」

「うん。聞かせて貰おうかな」



そう言うと、義兄さんはゆっくりとソファーに腰掛けた。

ボクがいつまで此処でこうしてピアノを触れるのかわからない。

だけど……今はまだ触れる。
だから触れられる間は僕の音を伝えておきたい。

僕の指先から伝えられる気持ちを愛器の歌声に託して。




……思うもの……
最近、元気のない真人のこと。


あの日以来、また笑顔を失ってしまった親友のこと。
もう一度、僕は彼に笑いかけて欲しい。

全ての不安を吹き消すような、あの暖かい微笑で。
あの眼差しで……。


あの笑顔でボクは何度も君に救われたんだよ。


だから……貴方の微笑を見れるなら
ボくはボクの全てで貴方を守りたい。

貴方が苦しみから解き放たれるなら
ボクはボクの精一杯で見守りたい。

ボクの生きる糧とするために。


貴方の幸せがボクの幸せ
そう感じていたいから……
今はアナタをずっと見守りたい。


貴方が微笑む、その日まで。






「瞳矢……昨日、
 今月のレッスン日程表を見た」


その夜、浩樹が自宅にやってきた。


ボクがピアノ教室を去ったことが、
レッスンの予定表によって、明らかになったから。


「うん」

その日程表にもうボクの名前はない。


「俺に内緒でやめたのか?
 どうしてやめる必要があるんだ?」

「…………」

「答えろよ!!瞳矢。

 ピアニストの夢はどうしたんだ。
 一緒になるんだろう。

 それとも、おまえはもう夢を捨てたのか!」


……違う……。
ボクは夢を捨ててない。


だけどもうすぐボクの手は動かなくなる。



……何も答えられない……。


答えたくても言葉が出てこないから。
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