優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新

14.ピアノ教室を去る日 - 穂乃香 -



ピアノコンクール地区大会本選まで、
残すところ後3日。

その日も部活動を終えて、
いつものようにピアノ教室へと向かう道中、
瞳矢の携帯へと電話をかける。

今日も留守番電話かもしれないと思って、
諦めながらかけるコール。

だけど今日は違った。



「もしもし」

「やっと聞こえた……瞳矢の声」


三週間ぶりくらいにきいた瞳矢の声に、
私は泣きそうになった。

「連絡できなくてごめん」


瞳矢がポツリと呟くように謝る。


「瞳矢、今何やってた?」

「何って、ピアノの練習。
 コンクール、三日後だよ」

「うん……。知ってる。後、三日だね。
 黒鍵は順調?」

「練習はしてるけど、粒が揃わなくて気ごちないかな」

「あっ、それ私もだ。
 バッハは?」

「シンフォニアも納得出来る演奏は出来ないな」

「そっかぁー。
 私、今からまたピアノのレッスンだよ。

 元気なら、瞳矢も今から顔出してきたらいいのに。
 教室に」


そう……この場所が瞳矢とデートするために、
二人を繋げてくれる場所だったから。


だから……この教室のレッスン時間がずれてしまうと、
つまらないよ。



「ごめん。穂乃香、練習に戻らなきゃ。
 じゃー、三日後」

「うん。
 コンクール、パパが来てくれるの。

 ちゃんと瞳矢に紹介するから。
 指、ちゃんと診て貰ってね」




気になってたことを最後に伝えると、
電話は途切れてしまった。

瞳矢の声を心の中で抱きしめながら、
私は辿り着いた、ピアノ教室のドアを開く。

教室内は、最終の追い込み状態になっていて
予選通過を果たした、この教室の生徒6人のうちの5名は
空き教室も使いながら、練習三昧の時間を過ごしているみたいだった。


だけどその中に、先ほど電話した私の彼、
瞳矢の姿は何処にもなかった。


やっぱり教室で練習してたわけじゃなかったんだ。



教室内をぐるりと見渡して受付にレッスンカードを提出すると、
受付のスタッフはすぐに、内線コールで何処かにかけた。



「お疲れ様です。
 先生、穂乃香さま受付しました。

 今、先生来られますから。

 穂乃香さまは、仕上がりは順調ですか?
 先生も凄く期待されています。

 今年のうちは、本当に凄いですから。

 飛鳥浩樹くん、それに穂乃香さま。
 貴方達二人は、11月本選にも名前を連ねると信じています」



そんなことを言いながら、スタッフさんは嬉しそうに笑顔を振りまく。



だけど……飛鳥くんは別としても、
私の評価は、ただ私だけを純粋に判断されたものではないのだと感じ取る。

今の私はまだそこまで本格的に、ピアノ漬けの日々を過ごしてるわけじゃない。


ピアノは好きだけど、だけどピアノだけではないから。
取り組み方が、他の人から見ると中途半端に思われてしまうかも知れないけど
それでも、ピアニストである有名人の父の娘。

その眼鏡で見られ続ける時間が、
私がピアノと関わる在り方を狂わせる。

ただ純粋に、ピアノを愛するだけの時間ではなくなってしまった。



「私なんてまだまだ未熟です。

 父は有名なピアニストですけど、私はまだまだ表現力も未熟だから。
 多分、本選に残るのは飛鳥君と、瞳矢かも知れません」


そう……残れるのは、私じゃなくて
飛鳥君と瞳矢。


いつもの瞳矢なら、確実に残れると思う。

瞳矢の演奏は、何処までも繊細で、優しくて、それでいて激しい。
心を揺さぶってくるような、そんな音色に私はずっと惹かれた。


……瞳矢……。

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