優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新





伯母さんがゆっくりと告げた言葉に、
俺はゆっくりと目を開けた。



窓の外はすでに陽が落ちている。

ベッドから這い出すと、
俺は本棚に片付けたアルバムを取り出して、
何枚かのページをめくる。


そこに出て来たのは、夢見た時代。



真人が心臓の手術を終えて2年目の夏休みの一幕。



その夏のひと時の写真が、
このアルバムには散りばめられていた。



写真の伯母さんと真人を指先で辿ると、
階下でガチャリとドアが開く音がした。



時計を見つめても、穂乃香の帰宅時間にはまだ早い。


気になって部屋から、
1階へと向かうと穂乃香は俺の顔を見た途端に泣き崩れた。





泣き崩れた穂乃香を宥めながら、
その原因を尋ねると、今まで通ってきたピアノ教室をやめてきたこと。


ピアノ教室の先生の言い方が気に入らなかったこと。

何時までたっても、
私を私だけで見てくれる人が少ないこと。


俺以外にようやく、私だけで見てくれていた彼・とうやと呼ぶ存在が
ピアノ教室をやめてしまったこと。


指に違和感があるような感じはするけれど、
どんなに進めても、紫音先生の診察を受けようとはしてくれないこと。



穂乃香の心の中にある、いろんな感情を吐き出すように
俺にぶつけると、今度は応接室の方に歩いて、目の前のスタインウェイを奏でる。



無心に奏で続ける、無機質な黒鍵の音色は
何処となく、穂乃香の今の心境を表しているみたいで
胸を締め付けられる気がした。






報われない、苦しいだけの恋なら
とうやなんて忘れて、俺のところに来いよ。


* 



思わず喉元まで出そうになった言葉を飲み込んで、
俺は彼女の演奏の後、ゆっくりとそのピアノの前に座って、
リストの愛の夢の第3番を奏でる。




言葉で何かを伝えるよりは、
彼女にとって、穂乃香にとって今一番必要で、
一番負担にならない方法のように思えたから。





泣き崩れていた穂乃香は何時の間にか、
そのまま眠ってしまっていた。



そんな彼女を起こさないように抱き上げると、
外井さんに確認して彼女をベッドへと運び込んで眠らせた。



真人のことは気になりながらも、
今はまだ動けない。




今は……俺自身の最優先事項があるから。



だけどその後は、
真人の心も助けてみせるよ。



その為に俺は日本に帰ってきたんだから。
< 57 / 132 >

この作品をシェア

pagetop