優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新


「もう少しいようか?」

「いいです。

 僕は大丈夫だから、瞳矢のところに」

「本当?」

「はい。
 明後日、瞳矢コンクールですよね」

「そうだね。
 僕も応援に行く予定なんだ。

 瞳矢にとってその日は凄く大切な一日になるから、
 真人も応援に来て貰えると嬉しい。

 真人が来てくれると瞳矢、喜ぶと思うから」

「はい。
 今日、学校でも瞳矢に招待されましたから」

「そう。
 じゃあ、明日会場で会えるかな?」

「会いたいです。抜け出せればになるけど……」

「僕が迎えに来ようか?」


そう言ってくれた、冬お兄ちゃんの申し出に
僕は黙って首を横に振った。


家庭教師の時間以外に、関わることはさせてくれないと思うから。

そして冬お兄ちゃんの立場も、
僕と関わることで、悪いようにしたくはなかったから。


「今日は有難うございます」


そう言って、部屋から冬お兄ちゃんを送り出した。

冬お兄ちゃんの足音がドンドンと
遠くなっていくのを感じる。

階下では昭乃さんが見送りをしている。

そんな会話が耳に入ると、
僕は全てを拒絶するかのように扉を閉めた。


いつから僕は僕でなくなったの?


……いつから……


今も余韻に残る、痺れたような感覚の体を
引きずって僕はベッドの上に倒れこむ。

気持ちが落ち着かない。


僕の心なのに……僕にはわからない。



何が起こってるの?
何が起こってしまったの?

僕は、これからどうなっていくの?


次々と思い浮かぶのは不安材料ばかり。




瞳矢……ごめん。

コンクール、僕は楽しみにしてる。

多分……僕は行けないけど、
僕の心は瞳矢の傍で応援していたいから。



そんなことを思いながら、ベッドに体を委ねて目を閉じる。

次の日も、その次の日も何をするわけでもなく、
自分の部屋で過ごし続ける。


瞳矢のコンクールを翌日に控えた、その夜の19時頃。
いつもの様に勉強をしていた僕の元に来客があった。


「お前、降りといで」

昭乃さんの声と共にドアが開かれた。


「お前に、学校のお友達が来てるわ。

 友達を自宅に呼ぶなんてどういうつもりなのかしら?

 お前は居候よ。
 もう少し自分の立場を自覚なさい。

 恭也さんを誑かせた汚らわしい女の息子なんて
 恥さらし以外の何者でもないわ。

 なんで……あんな女の子供を私たちが面倒見ないといけないの?
 
 お前もあの地震で消えてくれれば良かったのよ。

 そしたら……私の心を煩わさずにすんだものを。

 此処で会われるのは目障りよ。
 会うなら外になさい。
 
 遅くならないように。

 それと西宮寺先生に褒めて頂いたからって
 有頂天になるんじゃありませんよ。
 
 お前を認めた訳じゃなくて、たてまえで仰られただけ。
 お前に期待するものなど何処にもいないんだから、
 それだけは覚えておきなさい。」


昭乃さんが立ち去ったのを確認して、
僕は外に出掛ける仕度をする。

近くの喫茶店か公園くらいで話が
出来ればいいかな。

そんなことを考えながら、靴を持って
部屋のドアを閉めて玄関へと向かう。


玄関にいるのは……確か……
瞳矢の友達。
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