優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新
22.奏でる想い~寄り添う絆~ -瞳矢-
ピアノコンクール地区大会本選の朝。
ボクは最後の祈りを込めながら、
プレイエルを一時間半ほど触り続けた。
課題曲の二曲は、
どちらも上手く演奏することは出来ない。
指がひきつったように、固まってしまう状態では
思い通りの音色が奏でられないでいた。
課題曲の二曲は、
今のボクにとってはどうでもいいんだ。
真人を誘った……ボク。
真人に最後の演奏を聞き届けて欲しい。
そして……ボクの想いを受け継いでほしい。
自由曲で演奏する、STORYは……
遠い昔、真人と一緒に、神楽小母さんのスタインウェイで原曲を見出した
メロディーがメインフレーズになっているから。
だから真人は……ボクの想いに寄り添ってくれる。
そんな風にも思えた。
真人と再会していなかったら、ボクはもしかしたら、
今回のこの大会も病気を理由に棄権していたかもしれない。
だけど今のボクは、会場内で上手く演奏出来なくて
笑われる恐怖よりも、避難される恐怖よりも、
真人が消えてしまいそうで、そっちの方が怖かった。
そんな真人に、ボクが残せるメッセージは
こんな形でしか思いつかない。
だから神様……どうかボクの願いを真人へと届けて。
「瞳矢、そろそろ準備できたかな」
防音室の重たい扉が外から開けられて、
義兄さんの声が聞こえた。
「今、行きます」
短く告げると、椅子から立ち上がったまま
ピアノの鍵盤にゆっくりと触れる。
*
ボクのプレイエル……。
どうかボクに力を貸して。
この想いが真人へと届くように。
*
そんな願いと共にボクは防音室を後にした。
義兄さんの車に、和羽姉ちゃん、母さんとボクが乗り込むと
そのまま車は会場へと走りはじめる。
会場内の駐車場に到着すると、
到着したばかりの車に近づいてくるのは天李先生。
そのままボクは、義兄さんと一緒に天李先生と一度建物の中に消えていく。
向かった場所は、トバジオスホールの上にあるトバジオスホテルの一室。
トパジオスホテル内の一室にある医療室。
その部屋に連れられたボクは、
そのままいつものマッサージを受けて今日の様子を確認する。
伸びきらない指は、相変わらずで
そんな指をゆっくりと包む見込むように優しく、
ボクに力をくれる。
今日この場所で、ボクはどんな演奏が出来るだろう。
まともな演奏らしい演奏が出来ないのは、
ボク自身が一番よく知ってる。
それでも……ボクはこの時間を精一杯やり遂げたいから。
そんな思いを抱えたまま、
ボクは医療室を後にして、楽屋の方へと向かった。