優しい歌 ※.。第二楽章 不定期亀更新
ふいに車のクラクションが聞こえて、
ボクの隣に兄さんの白いプレジデントが停車する。
助手席の窓が開いてフルスモークの窓硝子が
ゆっくりと降りると中から兄さんがボクを手招いた。
「瞳矢、お帰り。
乗ってかない?」
兄さんの車の助手席に、
ボクは乗り込むと車はゆっくりと走り始める。
自動的にゆっくりと閉まる窓硝子。
「有難う、兄さん。
今日は早いんだ」
「そうだね。
研修の身でこんな時間に仕事が終わるのは珍しいかな?
だけど……時々は和羽を手伝わないと。
いつも和羽に家の事して貰ってるから」
「ふふっ。
和羽ねーちゃん喜ぶよ」
義兄さんの名前は、西宮寺冬生【さいぐうじ とうせい】
義兄さんと姉さんが一緒に暮らしている家は、
ボクの家の隣。
同じ敷地内に建っている二世帯住宅。
入口には檜野家と西宮寺家の二つの表札と二つの玄関ドア。
だけど中の空間は繋がっている。
「瞳矢、レッスンは順調?」
「うーん、順調って答えられればいいけどちょっと気になることがあって
今日、兄さんに相談したいって思ってたんだ」
「どうかした?
瞳矢」
「何て言うのかな。
指が動いてくれないんだ」
「他には?」
「時々……痺れる感じがする……」
「何時から?」
「予選の後くらいかなー。
でも最近、痺れる感覚が強くて違和感を強く感じるかな」
「少し気になるね」
「……うん……。
コンクール、万全の体制で出たいから……」
「わかった。僕もいろいろと調べてみるよ」
「うん。後はね、こっちは嬉しいこと。
今日、幼馴染と再会したんだ。
ほらっ、何回か義兄さんにも
話したことあるでしょ。
真人。
浅間で再会してびっくりしちゃった。
浩樹が、真人は多久馬院長の養子になったって
言ってたけど 兄さんも知ってたの?」
「瞳矢が言ってた真人君は、僕が知ってる真人君だったんだね」
「えっ?義兄さん、真人のこと知ってるの?」
「僕が高3の夏休みだったかな。
寮生活から戻って病院に顔を出したときに知り合った。
恭也おじさんと、あっ多久馬院長ね。
僕の両親が、真人君の心臓手術したんだよ。
その時に、夏休みの間僕は彼の病室で勉強を見たり
一緒に遊んでた」
義兄さんの情報にボクは、びっくりする。
義兄さんが高3って言ったら、
ボクが7歳の頃。
あの時、真人はすぐ近くに来てたの?
「ねぇ、義兄さん。
真人、今も何か病気?
今日、学校で変だったんだ。
最初は普通に話してたんだけど突然、体が震えだして
苦しいのかなって思ったら、ボクと母さんの前から走り出して」
ボクが悪いなら……謝らないと。
「瞳矢、真人君、発作起きたのかも知れないね。
真人君は震災の時に大変な目にあったから、
外傷後ストレス障害。PTSDって言う言葉をTVで聴かなかった?」
その言葉に、TVの報道番組から何度か耳にした言葉を思い出す。
「被災した人たちが沢山苦しんでるって言ってた。
真人もその病気?」
問いかけたボクに義兄さんは静かに頷いた。
「瞳矢やお義母さんと話す間に、
発作を起してしまうキーワードが
あったのかも知れないね」
「ボクが真人を苦しめちゃったってこと?」
「そうだね。
でも瞳矢も知らなかったんだから、
今度から気をつけてあげないとね。
心の傷は周囲のさりげない
気配りと協力が大切だからね」
義兄さんと会話を続けている間に
車は車庫へと静かに駐車される。
「お帰りなさい」
駐車場から繋がる台所からは
母さんと和羽ねーちゃんの声。
玄関に回って家に入ると、
台所に顔を出して自分の部屋に戻って、
プレイエルの蓋を開けて、
ゆっくりと鍵盤を指先で辿る。
一音一音、指先で抑えると
プレイエルは優しい声で歌ってくれる。