その手には…
 「…何してんだお前」

「ひみつ」

そう答えた少女は茶色の髪を結い上げ、少し灰色がかったノースリーブのワンピースに
身を包んでいる。丈は膝が隠れる程度。
そして何故か泉の中心にいた。

「そうか」

「うん」

「お前、俺に用があるんだろ。
わざわざこんな所に呼び出して」

「…………」

少女は振り返らない。
青年は手持ちぶさたなのか
辺りを見回している。

「こんな所があったんだな」

「…」

「なぁ、これ着たらどうだ」

そう言って差し出したのは
手にしていたパーカだ。
少女は半身だけ振り返った
眉が八の字になっている。

「どうして」

「どうしてって」

「理由は?」

「う~ん。なんか空気ヒンヤリしてるし
もう真夏じゃないから、かな」

「ふ~ん」

少女は気のない返事するとまた前を向いた。
2人が話すのを止めると辺りには
静寂が訪れる。
それは心地好い静けさだった。
時々思い出したように風が吹き
木の葉がカサカサと音わたてる。
どれくらいの時間が経っただろうか。
少女が口を開いた。

「ねぇ、覚えてる?雨の日に傘とそれ
持って迎えに来てくれた日のこと」

「当たり前だろ。忘れる訳ねぇじゃん」

「そっか。私、あの日のお礼が
ちゃんと言いたかったんだ」

「そんなことで呼び出したのかよ」

青年の声は言葉とは裏腹に嬉しそうだ。

「うん」

ワンピースの裾が
少女の動きに合わせてふわりと広がる。

「ありがとう」

振り向いた少女が
小首をかしげてはにかんだ。
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