好きで、言えなくて。でも、好きで。
「直接言えれば、こんなことにはならなかったのにな。俺が臆病だったんだ。」



20も年上のこんなおっさん、相手される訳がない。と棟郷は言えなかった。


部署が違う棟郷と威叉奈が会うのは合同捜査ぐらい。


元々口数が少ない上に、賭狗膳にべったりな威叉奈を特別視しては一課の部下に示しがつかないなどと変なプライドが邪魔をして。



威叉奈が言った通り、会話といえば業務連絡か嫌味ぐらいだ。



それが、余計に2人の溝を深くした。



「好きになってくれとは言わない。ただ、俺が吹蜂のことを好きなことは信じてくれ。」



ゆっくりと威叉奈に近付き、棟郷は右手を伸ばす。



「お前のこんな顔、見たくないからな。」



壊れ物を扱う様に、優しく威叉奈の頬を撫でる。


緊張で強ばった筋肉を解してやるかのように。



「これから捜査なんだろ?気を付けてな。」



諦めたような、それでも嬉しそうな顔で。

棟郷はそう言って立ち去った。



「………。」



頬に触れたのは、賭狗膳とは違う温もり。


欲しくて、欲しくて堪らなくて、忘れようと必死だったものによく似ていた。
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