好きで、言えなくて。でも、好きで。
「……………。」



自分の気持ちを知ってて、今まで何も言わなかったのか。


と、賭狗膳を盗み見ながら棟郷は考える。



賭狗膳は、引き離したい訳ではないらしい。


ただ、中途半端なこの状態が気に入らないようだ。



威叉奈にとっても、棟郷にとっても、辛いこの状況が。



「……分かった。今度会ったらちゃんと話す。」


「ああ、そうしてくれ。同期のよしみとして、この間のは見逃してやる。」



そう言って賭狗膳は、悪戯っ子のように笑う。



「それは助かった。」



棟郷も合わせたかのように、珍しくおどける様に笑った。



いがみ合っていても、大切な威叉奈のこと。


何だかんだ言っても、同期として切磋琢磨した時間は無駄にはならなかった。







しかし、賭狗膳との約束は果たせなかった。


威叉奈は次の日も、その次の日も姿を現さなかったからだ。



職場には顔を見たものはいない。



当然家にも帰っていない。



携帯の電源は切られたまま。



威叉奈は、あの日を境に姿を消した。
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