好きで、言えなくて。でも、好きで。
「お、おい!引っ張るな…」



誤魔化すついでに、この場からも立ち去ろうと賭狗膳を引っ張る。



「…あ!」



ドア付近で、何か思い出したように声をあげる威叉奈。


不思議な顔をする賭狗膳から手を離し、棟郷に駆け寄る。



「なんだ、忘れ物か?」



ただ来ただけの屋上に忘れ物などありはしないのだが、急に踵を返して近付いてきた威叉奈に動揺を隠すように言う。



「忘れ物なんてありませんよ。…棟郷さん、椒鰲のこと、ありがとうございました。ちゃんと言えました。」



本来の目的を忘れていたと、どこかすっきりした様子で言う。



「そうか、それは良かった。……事務処理も終わったし、今夜どっか行くか?」


「うん!」



「…………。ほ、ほら、賭狗膳が待ってる。早く行ってやれ。」



感情の表れ方がかなり素直になった威叉奈に、赤くなったであろう顔を隠すように賭狗膳の元へと促す。



仕事頑張るぞー!



などと言いながら、賭狗膳と屋上を後にした威叉奈。



「はぁ…心臓に悪い……。」



煩くなった鼓動を鎮めるように、棟郷は一人深い深い深呼吸を繰り返すのだった。
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