カタブツ上司に迫られまして。
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とりあえず落ち着けと言われて、連れてこられたのは課長の家だった。

「あらあらあら。まぁまぁまぁ」

古い木造の平屋一戸建て。ガラガラと引き戸を開けると、ポカンとした初老の女性が出迎えてくれた。

「母だ」

泣いて酷い顔を半分ハンカチで隠して、深々と頭を下げる。

「部下の鳴海。さっきの火事の隣家に住んでいたらしい」

「突然すみません。落ち着いたら、友達に連絡してみますので……」

言いながらも、気持ちは動転していて、またポロポロと涙が溢れてきた。

「普段からは想像つかない程、泣き虫なんだな、お前は」

「仕事中と今は状況が違いすぎます」

思わず睨むと、課長のお母さんが私の手をふんわり握ってくれた。

「こんなところで落ち着くはずが無いわよね。とりあえず上がりなさい」

さらさらとして柔らかくて手……暖かい温もりは、労りと優しさを感じて、また泣けてくる。

「ありがとうございます~」

なんて優しい人だろう。
ニコニコと菩薩様の様な笑顔に癒されそう。

お母さんは私の手を引いたまま居間に向かい、ふかふかの座布団に座らせてくれた。

畳の部屋。目の前には艶やかな木製のテーブル。和風な家具類。正面に見える障子がどこか懐かしい。

古き良き日本を象徴するような風景に何となくほんわりとしていると、課長は無言で麦茶の入ったガラスポットとグラスを持ってきて、私の目の前に置いた。

「飲め」

思わずまじまじと課長の顔を見る。

他人様の家で、自分勝手にしろと?
いや、別に課長に注げとは私も言えないけど、どうしろって言うの?

「貴方の礼儀作法はどこに行ってしまったの」

ピシリと言ったお母さんに、課長は困ったようにコップに麦茶を注いでくれた。

……職場ではどこか冷めていて、厳しい顔をしている課長が、困った顔をしているなんて。

しかも髪だって、いつもはきちんとセットしているのに、今は洗いたてみたいに無造作で、さらさらして、前髪が下りているのも不思議。

普段からそうしていれば、きりっとした眉や、涼しげな目許といい、モテそうな凛々しい顔をしてるよね。

それに課長が実家住まいだなんてびっくりする。
課長はマンションに一人住まいで、ご近所さんとの付き合いもなく、サバサバ生きているイメージがあったなぁ。
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