カタブツ上司に迫られまして。
「すみません。着替えてきます!」

「いや? 今日は蒸すから気にすんなよ」

課長は玄関に向かいかけ、それから振り返った。

「いきなり手を出す程、獣じゃねぇから、心配もすんな」

心配すんなって言われて、安心できるはずがないじゃないか。

電気をつけて、とりあえず部屋に戻るとパーカーを羽織る。

それから洗面所に向かう課長とすれ違った。

「お前、飯作ってくれない?」

「いいですけど?」

「……今日は出掛ける気力がない」

疲れたような表情に苦笑した。

月曜日って、どうしてもまとまって仕事が押し寄せるしね。

「冷蔵庫、勝手に開けますよ?」

片手を振りながら部屋へと消える課長を見送って、それからキッチンに向かった。

人様の家では勝手が解らないけど、材料があればいいな。

そう思って開けた冷蔵庫に、新鮮そうで、丸々としたイカを二杯見つけた。

……使ってしまおうかな。

明日に回すと、もったいないかも。

お刺身にするほど鮮度がいいのか解らないから、焼いちゃうか。

あとは……適当に作っちゃっていいよね。見栄を張るような相手でもないんだし。張ったところで仕方がないし。

そうして作った夕飯を、居間に並べ始めた頃、着替え終った課長がキッチンに姿を現した。

「……手早いな、お前」

「自炊してたって言ったじゃないですか。信じてなかったんですか」

「いや。自炊してたっつっても、お前らくらいの年齢の女なら、まだ辿々しい奴も多いだろ」

そうかな? 昔から母さんの手伝いとかしていたら、自然とこれくらいの事は出来そうな気がするけど。

「何でも出来る女は苦労するな」

そう言って、課長は食器棚に向かっていく。

「……それ、どういう意味でしょう。昼間も似たような事を言われた気がするんですが」
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